意識高い系桃太郎①:
natsusd.hatenablog.com
三
桃太郎はずんずん行きますと、大きな山の上に来ました。すると、草むらの中から、「ワン、ワン。」と声をかけながら、犬が一ぴきかけて来ました。
桃太郎がふり返ると、犬はていねいに、おじぎをして、
「桃太郎さん、桃太郎さん、どちらへおいでになります。」
とたずねました。カンボジアに十三もの学校を作ったあの伝説的なおじいさんの子供ということで、桃太郎はカンボジア全国から注目を集めていました。
「人が島へ、人助けに行くのだ。」
「お古志(こし)に下げたものは、何でございます。」
「カンボジア一のきびだんごさ。」
「一つ下さい、ジョインしましょう。」
「よし、よし、やるから、ついて来い。」
犬はきびだんごを一つもらって、桃太郎のあとから、フォローアップをしました。
山を下りてしばらく行くと、こんどは森の中にはいりました。すると木の上から、「キャッ、キャッ。」とさけびながら、猿が一ぴき、かけりて来ました。
桃太郎がふり返ると、猿はていねいに、おじぎをして、
「桃太郎さん、桃太郎さん、どちらへおいでになります。」
とたずねました。
「人が島へ人助けに行くのだ。」
「お古志(こし)に下げたものは、何でございます。」
「カンボジア一のきびだんごさ。」
「一つ下さい、私もあなたのプロジェクトチームにジョインいたししましょう。」
「よし、よし、やるから、ついて来い。これまたトレード成功だな。」
猿もきびだんごを一つもらって、あとからフォローして行きました。
山を下りて、森をぬけて、こんどはひろい野原へ出ました。すると空の上で、「ケン、ケン(昔の Windows のエラー音)。」と鳴く声がして、きじが一羽とんで来ました。
桃太郎がふり返ると、きじはていねいに、おじぎをして、
「桃太郎さん、桃太郎さん、どちらへおいでになります。」
とたずねました。
「人が島へ人助けに行くのだ。」
「お古志(こし)に下げたものは、何でございます。」
「カンボジア一のきびだんごさ。」
「一つ下さい、私もジョインしましょう。それとですね、私、雉雉タイムズの記者でございまして、もしよろしければ桃太郎さまに密着取材という形で――」
「よし、よし、やるし、受けてやるから、ついて来い。」
きじもきびだんごを一つもらって、桃太郎のあとからフォローして行きました。船上でのインタビューも、桃太郎は快諾しました。きじは礼儀がなっていましたから、悪い気はしませんでしたが、「雉が記事を書くとは、なんともゆかいなものだな。」と言うのを、桃太郎は必死にこらえていました。
犬と、猿と、きじと、これで三にんまで、いい慈善チームメンバーができたので、桃太郎はいよいよ勇み立って、またずんずん進んで行きますと、やがてひろい海ばたに出ました。
そこには、ジャストライトなぐあいに、船が一そうつないでありました。
桃太郎と、三にんの家来は、さっそく、この船に乗り込みました。
「わたくしは、オアズマンになりましょう。議事進行は得意なのです。」
こう言って、犬は船をこぎ出しました。
「わたくしは、かじ取りになりましょう。企業のトップとして、こういったことには慣れているのです。」
こう言って、猿がかじに座りました。
「わたくしは物見をつとめましょう。こうやっていくつもの低賃金大企業やメガバンクの闇を暴いてきたのです。」
こう言って、きじがへさきに立ちました。
うららかないいお天気で、まっ青な海の上には、波一つ立ちませんでした。エクレールが走るようだといおうか、矢を射るようだといおうか、目のまわるようなスピードで船は走って行きました。ほんの一時間も走ったと思うころ、へさきに立って向こうをながめていたきじが、「あれ、あれ、島が。」と、報連相を実践してさけびながら、ぱたぱたと高い羽音をさせて、空にとび上がったと思うと、スウッ(iMessage 送信音)とまっすぐに風を切って、飛んでいきました。
桃太郎もすぐきじの立ったあとから向こうを見ますと、なるほど、遠い遠い海のはてに、ぼんやり雲のような薄ぐろいものが見えました。船の進むにしたがって、雲のように見えていたものが、だんだんはっきりと島の形になって、あらわれてきました。
「ああ、見える、見える、人が島が見える。」
桃太郎がこういうと、犬も、猿も、声をそろえて、「万歳、万歳。」とさけびました。
見る見る人が島が近くなって、もう硬い岩で畳んだ人のお城が見えました。いかめしいくろがねの門の前に見はりをしている人の兵隊のすがたも見えました。
そのお城のいちばん高い屋根の上に、きじがとまって、こちらを見ていました。
こうして何年も、何年もこいで行かなければならないという人が島へ、ほんの目をつぶっている間に来たのです。
言うまでもないことだとは思いますが、数年分の食料は余って仕方がなかったですので、アフリカに送りました。
四
桃太郎は、犬と猿をしたがえて、船からひらりと陸の上にとび上がりました。
桃太郎がそこで見たものは——何とも形容し難い、それはそれはひどい世界でした。日本の政治家や企業の社長、資本家など、旧来的な経済システムの寵児とでも言うべき、既得権益所有者だらけの土地が、そこには広がっていたのです。
全く新しいシステムの実装によって、衰退の一途を辿り続ける「失われた」日本経済にビッグバンを起こし、その特異点からの「妥協しない」改革によって日本を再び「生まれてよかった」と思えるような国にしたいと思っている桃太郎にとって、これ以上の敵はありません。
そうです。この島――既得権益に塗れた汚い世界――は、間違いなく「鬼」が島だったのです。桃太郎は、この島に棲みついている「搾取する者たち」を一掃し、密かにこの島に蓄えられている金銀財宝をすべてプロレタリアートのために分配し、彼の目指す理想の世界を実現するための足掛かりとすることを決意しました。
桃太郎は、改めてあたりを見まわしました。
見はりをしていた「鬼」の監視役(会社においては監査役を務めているようだ)は、その見なれないすがたを見ると、びっくりして、あわててゲートの中に逃げ込んで、くろがねのゲートを固くしめてしまいました。その時犬はゲートの前に立って、
「日本生まれカンボジア育ちの桃太郎さんが、お前たちの『今あるものに縋る保守的な態度』を改めにおいでになったのだぞ。あけろ、あけろ。おれは資本主義経済の犬だなんて犬と認めないぞ。」
とどなりながら、ドン、ドン、扉をたたきました。桃太郎は資本主義そのものを嫌っているわけではなかったのですが、彼の理論はあまり人に理解されない傾向にあるため、訂正などはしませんでした。ところで、「鬼」はそのボイスを聞くと、ふるえ上がって、よけい一生懸命に、中から押さえていました。
するときじが屋根の上からとび下りてきて、ゲートを押さえている「鬼」どもの目をつつきまわりましたから、「鬼」はへいこうして逃げ出しました。その間に、猿がするすると高い岩壁をよじ登っていって、ぞうさなく門を中からあけました。
「わあッ。」とときのボイスを上げて、桃太郎の主従が、いさましくお城の中に攻め込んでいきますと、「鬼」の大将――つまり、総理大臣です――も大ぜいの秘書や給仕、後輩政治家などを引き連れて、一人一人、太い鉄の棒をふりまわしながら、「おう、おう。」とさけんで、向かってきました。
けれども、資産や社会的地位が大きいばっかりで、いくじのない「鬼」どもは、さんざんきじに目をつつかれた上に、こんどは犬に向こうずねをくいつかれたといっては、痛い、痛いと逃げまわり、猿に顔を引っかかれたといっては、おいおい泣き出して、鉄の棒も何もほうり出して、降参してしまいました。
おしまいまでがまんして、たたかっていた「鬼」の大将も、とうとう桃太郎に組みふせられてしまいました。桃太郎は大きな「鬼」の背中に、馬乗りにまたがって、
「どうだ、これでも降参しないか。」
といって、ぎゅうぎゅう、ぎゅうぎゅう、押さえつけました。
「鬼」の大将は、桃太郎の大力で首をしめられて、もう苦しくってたまりませんから、大つぶの涙をぼろぼろこぼしながら、
「降参します、降参します。命だけはお助け下さい。その代わりに『へそくり』をのこらずさし上げます。」
こう言いましたので、桃太郎は条件を呑みました。
しかし、彼らを許すわけではありません。うわべだけの謝罪は、彼らのお家芸であるからです。ですから、桃太郎の改革がエグゼキューションされるまでは、この島に縛り付けておくことにしました。
鬼の大将は約束のとおり、お城から、かくれみのに、かくれ笠、うちでの小づちに如意宝珠、そのほかさんごだの、たいまいだの、るりだの、世界でいちばん貴い宝物を山のようにトラックに積んで出しました。その中には、常識では考えられないほど大量の札束もありました。彼らは、あろうことか日銀に「個人的に」お金をつくらせて、それをすべて自分たちのものにしていたのです。どうりで、物価だけはやけに上がるくせに、給料は微塵も上がらないわけだ、と桃太郎は自分の中で納得しました。
桃太郎はたくさんの宝物をのこらず積んで、三にんの家来といっしょに、また船に乗りました。帰りは行きよりもまた一そう船の走るのが速くって、間もなくカンボジアの国に着きました。
船が陸に着きますと、宝物をいっぱい積んだ車を、犬が先に立って引き出しました。きじが綱をプルして、猿があとをプッシュしました。
「えんやらさ、えんやらさ。」
三にんは重そうに、かけ声をかけかけ進んでいきました。
うちではおじいさんと、おばあさんが、かわるがわる、
「もう桃太郎が帰りそうなものだが。」
と言い言い、首をのばして待っていました。数年もかかると言っていたのになぜそんなことを、と思われるかもしれませんが、桃太郎もおじいさんもおばあさんも、スタンプを使いこなすレベルの LINE ユーザーです。この時代、海の上だってネットには繋がります。そこへ桃太郎が三にんのりっぱな家来に、ぶんどりの宝物を引かせて、さもとくいらしい様子をして帰って来ましたので、おじいさんもおばあさんも、目も鼻もなくして喜びました。
「えらいぞ、えらいぞ、それこそカンボジア一だ。」
とおじいさんは言いました。
「まあ、まあ、けががなくって、何よりさ。」
とおばあさんは言いました。
桃太郎は、その時犬と猿ときじの方を向いてこう言いました。
「どうだ。鬼せいばつはおもしろかったなあ。」
犬はワン、ワンとうれしそうにほえながら、前足で立ちました。
猿はキャッ、キャッと笑いながら、白い歯をむき出しました。
きじはケン、ケンと鳴きながら、くるくると宙返りをしました。
空は青々と晴れ上がって、お庭には桜の花が咲き乱れていました。
後日、桃太郎は再び日本を訪れ、経済改革を実行しようとしました。しかしながら、政治家が全滅し国家としての機能が失われてしまった日本は、もはやそれどころの状況ではなかったのでした。
桃太郎は、自家用ジェットでカンボジアに帰りました。
(原文:青空文庫より)