捺火削がん

まず、ココロのスキマにスイッチを設置します

小説「不感症β」

 人間というものに仮に正解があるとすれば、それは美山佳澄のことだろう。

 彼女は単に成績が優秀だとか、そういう類いの完璧なのではない。花瓶が割れていれば破片を掃き集め、転んだ人がいれば保健室まで連れていく。彼女が間違っていると感じたときは、必ず僕たちの方が間違っていたとあとで思い知らされる。彼女はそういう人間だった。

 噂で聞いたところでは、「自分が正しいと思ったことをしているだけ」だそうだ。だとしたら、美山自身が神様で、この世界のルールを作ったのではないかと疑ってしまう。

 それともう一つ、彼女はいつでも笑顔を絶やさなかった。丈も短くせず正しく着こなした制服、そこから伸びる手足をきびきびと、それでいて流麗に動かして、それが優等生的な印象を尚更引き立てていた。影、虚ろ、怒り……そういったものを微塵も感じさせないその様子に、僕はかえって気味の悪いものを感じていたのだった。

 

 そんな美山に僕が話しかけられたのは、衣替えも近い、五月も末の昼休みのことだった。僕は弁当の箸が見つからず、鞄の中を検めていた。

「私、割り箸持ってるけど、使う?」

 ご多分に漏れず、委員長的な振る舞いだ。特に断る理由もなかったので、受け取った。

「ありがとう。ちょうど見つからなかったんだ」

「はい、どうぞ。……そういえば、今日の日直、私と黒川くんだよね? 朝の仕事はもう私がやっちゃったから、日誌は黒川くんにやってほしいな」

 おっと、そうだったか。すっかり失念していた。

「ごめん、完全に忘れてた」

「全然。むしろ日誌の方が重たいくらいじゃないかな? あと、見回りも忘れずにね。何なら私が呼びに行こうか?」

「お願いするよ。見ての通り忘れっぽいんだ」

 僕が冗談めかして言うと、美山はふふっと笑って「了解」とだけ言った。

 印象に反して、感情豊かな人だな、と思った。もっとも、だからこそ人付き合いも広いのだろうけど、僕にとってはそれがとても意外だった。

 

 日直の最も面倒な仕事である校舎の見回りを終えた僕たちは、なりゆきで一緒に帰ることになった。僕が靴箱から靴を取り出していると、近くで何かが崩れ落ちるような音がした。

 慌てて音のした方に向かってみると、美山が腕を抱えるようにして座り込んでいた。どうやら、段差か何かに躓いて転んでしまったらしい。

「大丈夫か? ケガは?」

「腕を擦り剥いちゃったみたい」

 転ぶとき、手を出し損ねたのだろう。ジャケットの袖をまくって見せてもらうと、数か所から血がにじみ出してきていた。擦り傷としては、結構派手にやったな、という印象だった。

「保健室……は、閉まってるか」

 僕は仕方なく、近くの水道まで彼女を連れていき、出血がおさまるまで右腕を洗わせた。

 ほどなくして血が止まると、彼女は「ありがとう、もう大丈夫そう」と言って、鞄を持ち直した。

「ごめんね、心配かけて」

「いや、全然」

「……心配してないってこと?」

 真顔で突然そんなことを言われたものだから、僕は気が動転して「い、いや……」などと数回繰り返したのちに、ようやく意味をなす言葉を紡ぐことができた。

「なんか、意外だなと思ってさ。完璧超人の美山がうっかり転ぶなんて」

「私も意外だよ」

「そうやって冗談を言えるところも意外だ」

「そうかな? 冗談と本音の違いなんて、ほとんどないと思うけど」

「え?」

「ううん、なんでもない。でも、そうだな……たとえば、冗談みたいな本音よりも、本音みたいな冗談の方がたちが悪いと思わない?」

 そう言うと、彼女は「三十分のバスに乗らなきゃいけないの。付き合わせるだけ付き合わせちゃって、ごめんね」と言い残して、走り去ってしまった。

 冗談みたいな本音の方がよっぽどおぞましい。でも、本音みたいな冗談は悲しいものだよ。

 僕がようやく思考を整理し終えたころには、彼女の姿は見えなくなっていた。

 

 土日を挟んで、週明けの教室。そこには、どんよりとした空気が横たわっていた。

 先週の金曜日、クラスメイトの市橋加菜実が亡くなった。数日の捜査の末、昨日になって遺体が山中から発見された。詳細は伝わってこなかったが、何らかの事件に巻き込まれたことは明らかだった。登下校に気を付けるようにという通達があり、親が同伴して登校している生徒もいた。

 何十人もいれば似通った考え方をする人はいるようで、彼女の席にはすでに花束がいくつも積み上げられていた。そのうち花瓶が置かれるのかな、と他人事のように考えた。

 美山もまた、この追悼ムードに深く関与している一人だった。涙まで流し、まるで家族のように彼女の死を悲しんでいる。その両腕には、いくつものガーゼが貼られていた。何人もの女子生徒がそれを心配していたが、そのたびに彼女は昨日のケガについて説明する羽目になっていた。不吉な出来事と時期が重なったのは運が悪かったとしか言いようがない。

 しかし、とても弁当なんか食べられる雰囲気ではないな……。僕は取り出していた弁当箱をしまった。そういえば、あのあと家を探しても箸は見つからなかった。家以外のどこかで落とすはずもないのだが、ひとまず諦めて、当面は割り箸でしのぐことにした。

 図書室に向かおうと教室を出た僕は、最近よく聞き馴染んだ声に呼び止められた。果たして、その声の主は美山だった。

「どこ行くの? 私も一緒に行っていいかな、先週話せなかったことがあって」

「構わないよ。図書室だから、あまりうるさくはできないけど」

 

 図書室に着くと、人はほとんどいなかった。少しためらわれたが、僕が口火を切ることにした。

「それで、要件っていうのは?」

「いや、何でもないことなんだけどね。一つ、お願いがあって――」

「……口封じをしに来たのか?」

 僕がそう言うと、美山の表情はあからさまに硬直した。意外ではなかったが、彼女の仮面が剥がれるのを見るのは初めてだった。しかし、彼女はすぐに元の表情を取り戻すと、なんでもなかったかのようにこう言った。

「……なんのことかな?」

「腕のケガ」

「…………」

「先週、美山が僕の前で転んだとき、ケガしたのは右腕だった。じゃあ美山、その左腕のガーゼは一体何なんだ?」

 美山は何も言わない。あくまでもしらを切り続けるつもりのようだ。

「いつ間違いに気付いたんだ? 転んだときに取る受け身の姿勢で、両腕をケガすることはまずない。だから僕の前では右腕のケガを演出した。かさぶたを剥がすとか、実際に転んでみせるとか……。でも実際には、両腕に傷があった。まさか、もう一回別の場所で転んだなんて言わないよな? 人が咄嗟に取る受け身は、癖でほとんど決まっているんだから」

「……何が、言いたいのかな?」

「市橋に、いじめられてたんじゃないか?」

 再び、美山の表情が一変する。図星だったようだ。僕は自分が辿り着いた恐ろしい結論に向かって、議論を進めていく。

「どうして僕なんかの口を封じる必要があるのか、考えてみたんだ。元々はケガの口実を作るために僕を利用したはず――でもそれじゃ、長期的ないじめを隠す手段としては機能しない。僕を証人にして、僕の口を封じて、いじめがバレずに済むのは――市橋が死んだからこそなんだよ。つまりだ美山、君は最初から、市橋が死ぬと知っていたんじゃないか? あるいは――」

「……やめてよ」

「――君自身が、市橋を殺した」

 その言葉を最後に、図書室には再び静寂が訪れた。尋常ならざる気配を感じたのか、数人いた生徒もすでに引き上げていて、この部屋には正真正銘僕たちしかいなかった。

 しばらくして、美山は口を開いた。いつものような、穏やかで優しい口調だった。

「何が、駄目だったのかな?」

「さあね。強いて言うならすべてだ」

「私、頑張って覚えたんだよ」

「……?」

「痛かったら泣く。くすぐったかったら笑う。この二つが基本。あとは全部、周りの真似をすればいい。周りが笑っていれば笑う、泣いていれば一緒に泣いてあげる、悩んでいれば自分の悩みを作って共有する、困っているときに一緒に困ってあげてもダメなのは意外だったな。それから、大人数と二人きりの使い分けとか、人間関係の中心にいる方法とか、一人でいないために何をすればいいかとか……全部覚えてきたんだよ」

 その言葉には気迫こそなかったが、有無を言わさない絶対的な空気があった。僕はたじろいで、何も言えなくなる。

「だから、いじめられた理由が分からなかった。どれだけ相手の感情に寄り添っても、逆撫でするだけだった。それは私にとっては都合の悪いことなんだよ。物事は何を言うかじゃなくて、誰が言うかだ、って言うでしょ? 裏でいじめられてる可哀想な子の言葉を、誰が聞くのかな? だから殺したの。夏服を着たら、腕の傷がバレるから。教わった通りに殺して、教わった通りにバラバラにして、教わった通りに埋めたの。でも人間の心を操るのは、私にはちょっと早かったみたい」

「……嘘、吐くなよ」

 そんな言葉が、口を衝いて出た。

「何のことかな? 見ての通りだよ。私に人並みの心なんか――」

「――あるだろ」

「だから、無いんだって。私は――」

「――だったら」

 僕は心臓が悲鳴を上げるのを感じながら、言葉を紡ぎ続ける。

「だったらなんで、そんなにボロボロ泣いてるんだよ?」

「……え?」

 彼女は泣いていた。笑顔で泣いていた。その姿は、エラーを起こした機械のようだった。

「人間じゃないフリはもうやめろよ。君はいじめられたのが悲しかった。だから殺したんだ」

「……ねえ、私、許されるかな?」

 彼女の表情は、すでに崩れきっていた。

「社会的には許されないよ。君の出自は知らないけど、今の時代に警察を欺くなんて不可能だ。でも、個人的な関係として、個人的な感情を差し挟んでいいんだとしたら――」

 息を呑む。

「――僕は美山を許すよ」

 言い捨てるようにして、僕は図書室を後にした。午後の予鈴が校舎中に鳴り響いている。

 

 明日の朝は、花を買ってこようと思った。

小説「誘拐ケーキ」

 私が次に誘拐する少女は、まんまと私の術中にはまった。今は私の目の前でケーキを頬張っているが、じきにその中に仕込んでおいた睡眠薬で眠りにつく。私はそれまで時間を稼ぎ、眠りこけたこの少女を娘のように負ぶって連れ帰りさえすればよい。

「今まで高くて買えなかったけど、モンブランってこんなに美味しいんだね! おじさん、ありがとう!」

 千秋と名乗ったその少女は、テーブルの下で足をぶらぶらさせながらそう言った。先ほどから頬についているクリームに頓着せずケーキに夢中になっているのもそうだが、中学三年生だという割にはずいぶん言動が幼げである。育ちが悪いのだろうか、と邪推した。

「それでおじさんは、なんでボクなんかにケーキをおごってくれたの?」

「いや、なに。ただ誰かに話を聞いてほしかっただけさ」

 それで今度はボク、ときた。ずいぶんと個性的な子に当たってしまったが、これで顔は端麗、プロポーションは均整のとれた美少女なのだからたまらない。彼女のぬいぐるみのような穏やかな寝顔を想像して、私は思わず舌なめずりをした。

「おじさん、お腹空いてるなら、なんで食べないの? 食べないと、死んじゃうよ」

「死にやしないよ。ケーキ一つくらい食わなくても人は死なないようにできてる」

「ふーん。じゃあそのチーズケーキ、ボクがもらっちゃっていいかな?」

 そう言って彼女は、身を乗り出して眩しいばかりの期待の眼差しを向けてきた。顔が至近距離まで近づき、さしもの私でも思わずどぎまぎしてしまう。

 まあ、私は別にケーキが食べたいわけではないから、構わないのだが……。少し、意地悪をしてみることにした。

「じゃあ、一口」

 そう言って、私はフォークでチーズケーキの先端を崩し、彼女に差し向けた。

「えー。おじさんのケチ。それに、あーんは中学二年生で卒業なんだよ」

 もっと早くではないだろうか……。困惑したが、まあこの反応は想定の範囲内だ。

「じゃあ、半分あげるよ」

「いいの? ありがとう!」

 心底嬉しそうに感謝を口にした彼女は、満面の笑みで私の皿を受け取った。

 そう、この顔が見たかったのだ。私の施しを受けて喜ぶ少女。単に誘拐するだけでは到底得られない感動である。

 

        ○

 

「ボクには人の心の闇が見えるんだよ」

 千秋は自慢げにそう語った。私のチーズケーキを頬張りながら喋っていたので、言葉はほとんど聞き取れなかったが、内容を推測することはできた。

「じゃあ、おじさんの心の闇を暴いてくれるかな。ちょうど悩みを抱えているんだ」

「ボクのことをエッチな目で見てる変態ロリコンおじさん」

 私は思わず飲んでいたコーヒーを思いっきり吸い込んで噎せてしまった。

「違うよ」本当だ。私はいわば蒐集趣味であって、少女性愛者ではない。「たとえば、仕事で何が悩ましいかとか、そういうことだ」

「いい冗談だと思ったのになあ」と彼女は言う。まあ、言ってみればこれもまた、私の一種の意地悪だった。私に仕事上の悩みだとか心の闇だとか、そういう類いのものは一切ない。上場企業の部門長として敏腕を振るっているからこそ、このような手間も時間もかかる趣味に没頭できているのだ。信頼があるからこそ、家庭の事情を理由に午後休暇を取っても怪しまれない。もちろん私に妻子などない。誘拐とは努力の賜物なのだ。

 だから、彼女に私の心の闇を暴けるはずはない。しかし彼女は、悩む素振りも見せず、しかも今までとは打って変わってごく静謐な目つきで、こう言ってのけたのだった。

「おじさんに闇はないよ。強いて言えば、明るすぎて周りのみんなを困らせちゃうんだよ」

「なんで、そう思うんだ」思わず問い質していた。

「理由なんてない。私がそう思うからだよ。でも推理することはできるよ。たとえばおじさんはスーツを着ているけど、平日の午後にスーツを着ているのは基本的にサラリーマンだよね。でも今はまだ午後三時過ぎで、普通の勤務形態ならまだ業務中の時間。ということは、許可をもらって会社から出てきたと考えるのが妥当だよね。候補は早退か外回り。前者だとしたら、特段の用事もなく早引けしても『何かあったんだな』と心配してもらえる立場なんじゃないかな。たとえば、みんなに優しくて尊敬されている部長とか……。後者ならもっと話は簡単だよ。外回りをサボっているお気楽サラリーマンに闇なんてあるわけないよね」

 そこまで一気に言い終えて、彼女はまだ熱いコーヒーを平気そうに啜った。その姿は、見た目の端正さも相まって、全くの別人化のように思われた。

「なあ、君は一体、何者なんだ?」

 大きく身振りして道化を演じてはみたものの、動揺は隠せなかっただろう。実際、彼女の話を聞いている間、私の目は泳いでいた。しかしそんな私の様子を見て、彼女はコーヒーカップをソーサーに置いて、突然――。

「あははははは!」と、笑いだした。「冗談だよ、冗談。おじさん、ビビりすぎ」

 その表情は、先ほどまで見せていたあどけないものに戻っている。

「ボク、これでも中学三年生なんだよ。ナウなヤングなんだよ。だから冗談も最新式なんだよ。古株のおじさんにはちょっと刺激が強すぎたみたいだけどね」

 彼女はモンブランに再び手を付けて、「頭を使った後の甘味は染み渡るなあ」などとのたまっている。最近の子供っていうのはこうなのだろうか。みんながみんなこうというわけではないだろうけど、認識を改めなければならないと思った。私はハンカチを取り出し、いつの間にか噴き出していた汗をぬぐった。

「あ、でも、ボクがエスパーなのは本当なんだからねー」

 いつの間にか、微妙に設定が変わっていた。

「あー美味しかった」と言いながら戻された皿には、明らかに半分以上のケーキが残っていた。いいのかと問い質すと、それが半分じゃないの、と言われた。どうやら、半径を半分にして考えたようだ。それでは四分の一になってしまう。やはり頭はあまり良くないらしい。教えてやると、露骨に不機嫌そうな顔になったので分けてやろうとしたのだが、騙されたとかなんとか言って聞く耳を持たなかった。

 私はケーキの味には頓着がなかったので、返って来たそれをコーヒーで一気に流し込んだ。

 

        ○

 

 私がトイレから帰ると、ちょうど彼女が自分のモンブランを食べ終わるところだった。わざわざ席を外したのは、相手がどれだけ自分を信頼しているか測るためだ。仮に意図に感付いているなら、勝手に逃げればいいだけのことだ。顔以外、こちらの個人情報は何も晒していないし、そもそもこの辺りは私の生活圏ではない。

 しかし、席に残っていてくれたとなれば、あとは計画を実行に移すだけだ。私は、話を引き延ばすのに専念することにした。

「君は、学校で悩みとか、ないのかい?」

「ないよ。おじさんと同じ」彼女はあっさりと答えた。能天気な子だから、意外ではない。しかし彼女は、こうも付け加えた。「でも、残念なことならあったよ」

「残念なこと?」その言葉の意外性に、思わずおうむ返しをしてしまう。

「一つは、半分だと思って食べたチーズケーキが本当は半分の半分だったこと」

 どうやら、まだ根に持っているらしい。

「それは済まなかったよ。もっと早く言えばよかった」

 思わず出たあくびを噛み殺しながら、私は言った。

「もう一つは、おじさんが自分で仕掛けた罠に自分でかかっているのに気付いてないこと」

 その言葉に、一気に身体が硬直する。しかし、先ほどと同じブラフの類いだろう。私は、「罠? どういうことだい」などと言ってはぐらかした。

「じゃあ質問。おじさんはたった今なにをしたでしょうか」

 質問の意図が掴めない。

「なにって、君と話をしているんだろう。そこの駅前で落ち合って、お茶をしているんだ」

「私の話を聞いてなかったのかな? たった今したことを聞いたんだよ。自分の行動も思い出せないの? ……じゃあもう一つ質問。おじさんにとって今、予想外の状況とはなんでしょう?」

「全く分からない」本当だ。私には見当もつかなかった。考えようにも、頭が回らない。

「私が眠そうなそぶりを見せないこと、でしょ?」

 ぎくり、とした。そして、これはブラフではないと確信した。しかし、次の言葉が出てこない。

「残念無念、千秋ちゃんは、おじさんの企みに最初から気付いていたのでした! 普通の女の子が、ケーキに錠剤なんて入れてそのまま飲み込むと思わないでよねー。それとも同じ手口に引っかかっちゃったおバカちゃんもいるのかな? 運が良かったね! いや、今回の運が悪かっただけかな? まあ、睡眠薬なんてたくさん飲まなきゃすぐには効かないもんね。騙す側も大変だよね。今回騙す側をやってみてすごくハラハラドキドキしちゃったよ! 目を見つめながら話しておじさんが目を逸らしている隙に、錠剤をわざとたくさん残したチーズケーキに入れて、返されても頑なに断る。おじさんが残りのチーズケーキをコーヒーで一気に流し込んだときなんか、思わずガッツポーズしそうになっちゃったよ! これだから賭けは面白いんだよね。うんうん、分かるよ分かる。でも残念だったね、おじさんのはビギナーズラックだったんだから、早めに手を引くべきだったんだよ」

 私の脳内には、すでにそれらしい声が流れているだけで、それを文字情報として脳内で処理することはすでにできなくなっていた。私はついに限界を感じ、机に突っ伏して目を閉じた。

「ごちそうさまでした。今度は私と、ちゃんとお茶しようね!」

 チリンチリンと、店先の鐘が鳴る音を聞いて、私は意識を手放した。

小説「人喰い少女は荒野を駆ける」

 わたしの次の標的は、砂漠の真ん中にあるボリサという小さな村だった。

 地図によれば、前に喰い尽くした村からは四十キロほど離れており、わたしはその間、ほとんど飲まず食わずで移動することを強いられた。砂漠にはおよそ目印になりうるものがほとんどなく、昼は太陽を、夜は星を手掛かりにして進むことになった。また、砂に足を取られるというのもあって、わたしは三日三晩歩き続ける羽目になったのだった。

 そんなわけで、わたしはものすごくお腹を空かせながら歩いていた。

 早く人間を食べたい。

 そう思った。

 

 わたしは人間を食べる。人間をつかまえて、殺して、ばらばらにしてきれいに食べる。

 わたし自身も人間だから、これは共食いということになるのだろう。だから、わたしは人間の社会で普通に暮らしていくことができない。生まれた村を追い出されてから、わたしはずっとこうして、小さな集落を渡り歩いては人を次々に食べていった。

 一日食い繋ぐのに一人、一週間なら七人、一か月で三十人。こうして計算してみると、ずいぶん楽なことのようにも思えるけど、実際に人間を殺して食べるのはとても難しい。

 集落で失踪事件が起こったとなれば、疑われるのは当然部外者であるわたしだ。だからわたしは、夜中なんかに集落の人間を全員殺してから、肉が腐るまでその集落に滞在するという方式を取るようになっていた。前回の村には美味しそうな人がたくさんいたからもっと長居したかったのだけど、肉がとても食べられないような味になっていたので泣く泣く立ち去った。

 たとえば塩漬けにしたら長持ちして、持ち運べたりもするのだろうけど、あいにく今の世の中では塩は貴重品だし、わたしにそこまでの技量があるとも思えなかった。

 だから、村から村へと渡り歩くとき、わたしはいつも極度の空腹に陥る。ふとした瞬間に視界が暗転したり、天地がひっくり返ったような感覚に襲われたりして、あ、本当に死ぬのかもな、なんて思う。もともと何百人もの人の命を犠牲にして生きてきたのだし、わたしは今ここで死んだ方が良いのかもしれない。いっそここで諦めて立ち止まってみようかな……なんて考えをつらつらと並べ立てているうちに、いつの間にか目当ての村が見えてくる。それでわたしは安心して、流浪の旅人として振る舞う準備を始めるのだった。

 しかし、今回ばかりはそうはいかないらしい。すでに体力は限界に達していて、いま見ている景色が現実なのかどうかすらおぼつかない。いくら歩いても、地平線から家々の屋根が見えてくることはなかった。村まであと何キロだろうか。経験から言えば、いくらなんでも十キロ以上ということはないと思うのだけど……砂漠なんて歩いたこともないから、確証はない。地平線までの距離は約四・五キロだと聞いたことがあるから、最低でも五キロくらいはあるということになる。今の歩行スピードから考えれば、まだ三時間以上かかることは確定的だった。

 飢えて飢えて仕方ないことを、なんと表現すればいいのだろう。飢え果てる、飢え枯れる、飢え飢える……いろいろな存在しない表現が頭の中を駆けめぐる。

「飢えわたる」なんてのはどうだろう。飢えが身体じゅうに染み渡るみたいで、なかなか良いんじゃないかな。

 いや、わたしはいま喉もかわいているから、身体じゅうには行き渡らないかもしれないな。

 そんなことを考えているうちに、わたしは倒れた。

 

 意識を失う瞬間、ああ、砂って案外固いんだな、なんてことをわたしは思った。

 

                 2

 

 次に目が覚めたとき、私は驚いた。まさか自分が目を覚ますなんて思っていなかったからだ。周囲を見まわしてみたところ、ここは民家の中のようだ。わたしはベッドに寝かされていた。椅子に座った少年が隣で眠りこけていた。その間抜けな様子にどこか気が抜けて、

「はあ……」

 と、わたしは大きなため息をついた。空気が喉に引っかかって掠れる音がする。そうだ、水を飲まなきゃ。そう思ってわたしは、ベッドから起き上がろうとする。しかし、飢餓状態の身体は言うことを聞かず、身体を起こした勢いのままわたしは床に転げ落ちてしまった。いまの音で眠りから覚めたのだろう、少年が驚いた表情でこちらを見下ろしていた。頬に大きな傷痕があるのが印象的だった。

「……気付いたのか」

 少年はわたしに手を伸ばす。彼の肩を借りて、わたしはベッドに座りなおした。

「ここは?」

 とわたしは訊いた。しかしその声は掠れて彼には届かなかったようで、彼は不可思議そうな顔をした。わたしが喉を指さしたり、水を飲むジェスチャーをしたりして、ようやく彼はわたしが喋れないことを理解したようだった。

 

「食糧が尽きて遭難か。災難だったな」

 少年が持ってきた水を飲んでからしばらく経って、声は掠れたままだったが、わたしは最低限のコミュニケーションが取れるようになった。身の上を簡潔に説明して(もちろんわたしが人喰いであることは伏せて)、この村について教えてもらった。

 どうやら、ここはわたしが目指していたのとは別の村であるようだった。この村の名前はドラというらしい。ハリクと名乗ったその少年は、馬に乗って村の近くを見回っていたところ、地面に倒れ伏しているわたしを見つけたのだという。馬があったとはいえ、まだ十三歳くらいに見える彼がわたしをここまで運んでくるのにはそれなりの苦労を要しただろう。

「けれど、この村は地図には載っていないようだったけど」

 わたしが問うと、ハリクは露骨に嫌そうな顔をする。大きなため息をついてから、彼は答えた。

「あのなお姉さん、ある村が地図に載っていないとき、考えられる原因は三つある。その村が地図よりも遅く生まれたこと、その村が誰にも知られていないこと、そして――。

 村の存在自体が禁忌になっていることだ。ここは何かしら後ろ暗い事情を持つ、犯罪者たちが暮らす村なんだ」

「……犯罪者が?」

 わたしは愕然とした。せっかく人里に辿り着いたと思ったらそこが犯罪者の村だった、なんて言われたら誰だってそう感じるだろうし、自分に関して言えばわたしは犯罪者の肉など食べたくはなかった。まあ、我慢するしかないのだろうが……。とはいえ、目の前の少年までもが何らかの罪を犯してここにいるというのは意外な話だった。部外者のわたしにあっさり打ち明けたのを見るに、彼がしたのは盗みなどの軽微な犯罪だったのかもしれないが。

「腹が減ってるんだろう、粥か何かを用意するよ」

「あ、いや、今はちょっと、食べたら吐いてしまいそうだから、また後で」

 もちろん嘘だ。起きてから意識はしていなかったが、お腹はこれ以上ないほどに空いている。先ほど水を飲んだことで胃が刺激されて、食欲は増すばかりだった。しかしわたしは、人肉以外の食物を摂取することができない。食べると拒絶反応を起こし吐いてしまうのだ。そう考えると、あながち嘘でないとも言える。

「そうか? まあ、分かったよ。他にも何か手伝ってほしいことがあったら言ってくれ」

 どうやらハリクは、かなり面倒見のいい男みたいだ。夜通し看病、なんてことになったら災難だが、これは使える、とわたしは思った。村の住人を皆殺しにするためには、入念な事前準備が必要だ。情報収集も怠ってはならない。どれだけ腹が減っていても、だ。

「それじゃあ、この村を案内してくれないかな?」

 あらん限りの愛想笑いで、わたしは言った。

「さっきの様子を見る限り、とても歩き回れる状態じゃないと思うが……まああんたが大丈夫なら、お望み通り案内してやるよ。ああそうだ、分かると思うけど、犯罪者の村ってのをバラしたのは、他の村人には言うなよ。最悪の場合、おれの首が飛ぶ。物理的にな」

「もちろん」

 まあ、どのみち彼の首は飛ぶ――というか、わたしに喰われるのだけど。

 

 ドラ村は、七軒ほどの家々と畑からなるごく平凡な村だった。住民の数はちょうど十人。ハリクの家は村のはずれにあったようで、わたしたちは村を一周するような形になった。中心部には集会所のような建物があり、今夜そこで宴が開かれるのだとハリクは教えてくれた。一堂に会した村人が酔いつぶれていれば皆殺しには好都合だな、とわたしは考えた。

 ただ一つ異様だったのは、村人たちがみな奇妙な意匠があしらわれた仮面を被って生活していたことだ。犯罪者どうし、お互いの背景事情については深入りしないということなのだろう。しかし妙だったのは、村の中でハリクだけがその仮面を被っていないということだった。訊ねてみると、彼は「おれの顔はもうみんなに知れちゃってるからな」などと、どうにも要領を得ないことを言った。まあ、何か事情があるのだろう。深追いするようなことではない。

 村のはずれ、ハリクの家から見てちょうど反対側くらいの場所に、異様に汚らしい小屋があった。とても人が住むようなところには思えなかったので、家畜小屋かと訊いてみたところ、ここで馬を飼っているのだという。なるほど、わたしを運んでくれた馬がここにいるわけだ。いくつかの鳴き声が重なって聞こえたので、この狭い小屋で何頭も飼っているのだろう。そう考えると、今の声は叫びに聞こえなくもない……。ぎゅうぎゅう詰めにされている馬の姿を想像して、わたしは彼らを心底哀れに思った。

 

 およそ一時間後、村の見物もとい視察を終えたわたしはハリクの家に一人残されていた。

「宴の準備があるから、集会所にいる。何かあったら呼びに来てくれ」

 そう言い残して、ハリクは去っていった。宴に誘われる……ということはなかった。もともと内々に取り仕切るつもりだったのだろうから、無理もない。彼らにとって、わたしという闖入者の存在はまったくの想定外だったはずだ。わたしは人肉以外のものが食べられないので、誘われたとしても断っていただろうが。

 しばらく考えて、少々危険だが、宴が終わる頃に集会所を襲撃することにわたしは決めた。多少しらふの人間がいても、十人程度ならじゅうぶん殺しきれると判断したのだ。わたしはバックパックからダガーを取り出した。少々錆びついていて、刃こぼれも始まっている。次の村――ボリサには鍛冶屋がいると聞いたから、新しいのを見繕ってもらおう。

 食事のことを考え、わたしは数時間ぶりに空腹感を思い出した。自分が空腹かどうかも判然としないのは、危険なサインだ。

 早いこと肉にありつかないと……。

 心身ともに限界だったわたしは、ハリクのベッドに倒れ込んだ。獣の匂い……馬に乗っていたからか。

 宴が終わるまでには空腹で目が覚めるだろう。わたしはダガーを矯めつ眇めつして、来たるべきカーニバルに思いを馳せて眠りに落ちた。

 

                 3

 

 わたしが目を覚ましたとき、家の中はすっかり寒くなっていた。砂漠は単に暑いというイメージを持たれがちだが、寒暖差が激しいのも特徴だ。わたしは小刻みに震えながら、ハリクの家を出た。

 家々に明かりは灯っておらず(宴の最中だからだろう)、わたしは暗闇に目を慣らしてから歩き始めたが、遠くを見通せない中で記憶を頼りに集会所まで辿り着くのはなかなか苦労を要した。驚いたのは、集会所の前ですら灯篭に火が灯っていなかったことだ。すでにみんな眠りこけてしまったのだろうか。なんとも言えない不吉な予感が、わたしの脳裡をかすめていた。

 異変に気付いたのは、集会所の中に入ってからだった。仮に眠っていたとしても、生きている人間がそこにいれば気配が生じる。しかし集会所の中には、およそ気配と呼べるようなものが何も感じられなかった。

 そして何よりも異常だったのは、わたしにとってはよく慣れた、しかし人々の日常からすれば縁遠いにおい――それは紛れもなく、人間の血液のにおいだった。それも、部屋中に充満するほどの血腥いにおい。足元を見ると、わたしの片足は血だまりを踏んでいて、すでに凝固を始めた血液が粘り気を増しているのが分かった。もう片方の足は誰かの身体を踏んづけていた。

 その胸には、大きなナイフが突き刺さっていた。心臓を貫かれて即死だったのだろう、仰向けになって倒れている。そしてその遺体がのしかかっているのは、また別の遺体。

 

 ドラ村に住まう十人の村人が、ここで全員死んでいた。

 全員の死体の胸にナイフが突き刺さっている。

 十人が住む村で、十人が死んでいる。しかも、まったく同じ死に方で。

 彼らが集団自殺をしたことは明らかだった。

 

 わたしはダガーで女性の遺体から乳房を切り取って、口に運んだ。

 普段なら脂っこいものが大好きなわたしなのに、このときばかりは美味しいと感じられなかった。

 他人が殺した人間を食べても美味しくない。十七年も生きてきて、初めて学んだことだった。

 

                 4

 

 二週間後、わたしは元の目当てだったボリサ村に滞在していた。

 幸か不幸かは分からないがドラ村でたらふく食べることができたので、ボリサまでの道中、わたしは元気いっぱいだった。喜びのあまりスキップしていたら、砂に足を取られて転んでしまったくらいだ。

 ボリサは非常に発展した村で、農耕から畜産まで幅広く取り扱っていたし、噂で聞いていた鍛冶屋もいたので、わたしはダガーを新調した。彼らの胸に刺さっていたナイフを拝借することも考えたのだが、なんとなく気乗りしなかった。

 わたしは鍛冶屋のボッコフという男に今回の事件について話した。彼が言うことには、ドラ村の住人は奇妙な信仰を持つ集団で、各々の故郷で信仰ゆえの事件を起こして村を追われた者たちが集まったのだという。実際にこのボリサ村でも、かつて彼らが起こした事件で七人が亡くなったらしい。彼らは「人を殺してもなお赦されるほどの善人であること」を旨としていたが、いつの間にか教義が反転して「人を殺すこと」が先行してしまったらしい。

 このような背景を併せて考えると、事件のあらすじはこのようになるようだ。

 罪を持つ者が赦されるためには、死を目撃するものが必要だ。しかし、ドラ村の悪評について知っている者がそれに協力してくれるはずもない。そこで、わたしのような旅人を用意したというわけだ。いつ集団自殺を決めたのかは分からないが、わたしの来訪がトリガーとなって決行に至ったのは間違いないようだった。

 まったく、とんだ災難な事態に巻き込まれたものだ。もしかすると、こうしてわたしがドラ村の全滅を誰かに告げるところまで織り込み済みだったのかもしれない。いずれにしても、彼らの本望は果たされたわけだし、この村を含めた周囲の村にとっても、それは良い報せだろう。ボッコフも口にこそ出さなかったが、わたしの話を聞いてどこか肩の荷が下りたような顔をしていた。先ほど言っていた事件で、肉親を失ったのかもしれない。そう考えると、なんだかわたしも良いことをしたような気分になる。今回に限って言えば、自分の手を汚してもいないわけだし。この男を殺すのは最後の方にしてあげようと思った。

 

 わたしは今日、この村を襲う。顔なじみが増えて警戒心も解かれてきたころだと思うし、これ以上ない好機だろう。住人が少し多いのがネックだったが、それはメリットでもある。美味しい肉を選り好みできるのは、大規模な村で食事をするときだけだ。少人数の村だと、どうしても美味しくない部位や、食べたくない部位まで食べることになる。生きるためには仕方ないと、頬の肉を無理矢理切り取って食べるときほど情けなくなる瞬間もない。顔という部位は人間の中でも非常に解体しづらく、しかも美味しくないのだ。

 そういうわけで、わたしはいま空腹感を激しく募らせていた。前に食べてからそれほど日にちが空いているわけでもないが、慎重を期すために時間をかけすぎたという感じもある。早く食糧にありつきたいというのが本音だった。

 わたしを家に泊めてくれたイミリという女性、村を案内してくれたアイラスという子供、(あいにく断ったものの)わたしに料理を振る舞ってくれようとしたオギー、そして鍛冶屋のボッコフ……。時間をかけてつけ入ったぶん、村での思い出も増えてしまう。

 わたしとて、自分と仲良くしてくれた人を殺すのに何の抵抗も覚えないほど感覚が麻痺してはいない。しかしこれは、普通の人間が家畜を殺すのと同じ、生きるための淡々とした作業だ。

 遠くの島国では、学校で家畜を育てて、ちょうど愛着が湧いてきたころに殺して食べるという教育をやっていると聞いたことがあるが、わたしがやっているのはまさにそういうことだ。人間であるのだから人間に情が湧く。だけど生きるためには心を鬼にしないといけない。わたしに課せられた枷は、そういう類いのものだった。

 そんなことを考えながら、わたしは決行の時を待った。

 このまま時間が止まってしまえばいいのかもしれないと、少しだけそんなことを思った。

 

                 5

 

 わたしが最初に狙ったのは、もちろんわたしが寝泊まりしている家の住人だ。

 隣で眠っているイミリの寝息がよく聞こえる。わたしは目を凝らして、彼女の心臓の位置を見定めた。

 眠っている人間を殺すこと自体は、至極簡単なことだ。相手が油断している隙に、めった刺しにしてしまえばいい。仮に痛みで起きたとしても、彼らにもはや抵抗する力は残されていない。

 しかし、人間を食べるという観点から言えば、それではいけない。めった刺しにすることで全身の肉が傷ついて、食用にできる部位が大きく減ってしまうのだ。だからわたしは、心臓を一突きにして殺すことを旨としていた。即死の方が痛みも少ないし、殺される側にとっても望ましい死に方だろう。

 わたしはイミリの胸にダガーを突き立てた。刃と皮膚の隙間から、血がダラダラとにじみ出ている。しっかり心臓を刺せたようだ。ダガーを抜くと、血はあたり一面にまき散らされ、わたしも返り血を被ることになった。ちょっと汚いけど、あとで洗えばいい。どのみち全員死ぬのだから、このあたりのことで技巧を凝らす必要はないのだ。ミステリ小説とは違って、わたしの殺人はただ生きるためのものなのだから。

 わたしはイミリが絶命したことを確認すると、次の家へと向かった。こちらも眠っており、殺すのは簡単だった。筋肉質で美味しそうな二十代の青年だった。経験から言えば、いわゆる前途ある若者ほど美味しい身体を持っていることが多い。それを感じるたび、わたしは希望を食べているんだな、などと思うのだった。

 そうして四、五軒殺して回ったとき、ある誤算に気付いた。

 鍛冶屋の明かりが点いている。

 ボッコフはときおり、夜通しで作業をすることがあると聞いた。今夜は眠らないだろう。

 これはまずい、とわたしは思った。「夜になったら眠る」という常識が通用しないこういう人間は、わたしのような人喰いにとって非常に厄介だ。とはいえ、こういった事態に遭遇したのは一度や二度ではない。わたしはすでに起きている人間の攻略法を熟知していた。

 鍛冶屋の窓は開け放してあった。わたしは彼から見えないように、中を覗く。

 ボッコフは金敷で作業をしている。その隣には一本のロウソクが立っていた。

 なるほど、イージーモードだ。わたしは懐から、人喰い七道具のひとつ――もとい、竹筒を取り出した。そしてロウソクの方に狙いを定めて、一気に火を吹き消した。

「なんだ!」

 ボッコフの驚く声を意に介さず、わたしは窓を飛び越えて中に入り、彼の服を掴んだ。彼の大きな目がわたしの姿を捉える。

「お前……盗賊か」

 顔がバレてしまった。しかし、主導権はすでにこちらにある。

「うちの財産ならくれてやるよ。だから頼む、命は……」

「盗賊なんて高尚なもんじゃないよ。わたしはお金になんて興味ない」

 わたしは彼の言葉をさえぎり、言う。

 そして右手をダガーに持ち替えて、彼の首にそれを当て、頸動脈を一気に掻っ切った。

「わたしは単なる人殺しだよ……なんてね」

 ひとしきり血の雨が降り注いだあと、わたしは彼の遺体を床に置いて、鍛冶屋を去った。

 

 その後もわたしは順調に村人を殺害していった。ダガーで一刺しにしているだけだから実感が湧かないのだが、今夜だけでわたしは十何人もの命を奪ったことになる。それほどに人の命はあっけなく、また儚いということなのだろう。しかし、塵も積もれば山となるという言葉もある。小さな命をたくさん踏みにじったら、それは強い命なのか?

 わたしはそうは思わない。わたしの命もまた、風前の灯火のように儚く、そして些細なものだ。些細な命が些細な命の上に立ち、そこに必然も絶対もない。戦争も虐殺も、だからこそ起きてきたのだと思う。わたしがやっているのは、普通の人間と地続きのこと。……少なくとも、そう考えないとやっていけない。

 村人を全員殺し終えたわたしは、ようやく手に入った食糧を前に舌なめずりをしていた。腹を横に割いて、次にそれを跨ぐように縦にダガーを入れると内臓を取り出せる。内臓の中でも個人的に気に入っているのが肝臓だ。少々癖のある味ではあるが、何より栄養満点で、ジューシーな味わいがある。わたしは目の前の男の遺体から肝臓を取り出し、贅沢にかじりついた。やはり美味しい。なお喜ばしいことに、彼は若くして不摂生だったようで肝臓に脂肪がたまっている。人間の脂肪をこよなく愛するわたしにとってはこれ以上ないごちそうである。

 しかし、わたしが他の臓器を取り出そうとしたとき、異変を感じた。

 建物の外に誰かがいる。

 今までも、旅に出ていた村人が帰ってきて慌てふためくということはあったが、夜中に戻ってくるというケースはなかった。いずれにしても、明らかに異常事態を認識している人間を相手取るのは根気がいる作業だ。単純に戦闘能力で相手を上回らなければならない。

 彼がすでに村の惨状に気付いているかはともかく、彼を殺す必要がある。

 いや――今回に限って言えば、わざわざ殺してやる必要もないのか。

 足音が近づいてくる。迷いなくこの家に向かってきているようだ。

 わたしは取り出した内臓を床に捨て、臨戦態勢を整えた。

 小屋の扉が開かれる。月明かりの逆光で彼の顔はよく見えなかったが、しかしわたしは彼が誰かすでに知っていた。

「やあ――人喰いのお姉さん」

 目が慣れる。その顔には、頬に大きな傷痕があった。

「あなたが逃げるとしたら、この村だと思ってたよ」

 

 そこにいたのは他でもない、ドラ村のハリクだった。

 彼が持つ大きな鉈が、月明かりに反射して輝いていた。

 

                 6

 

「やっぱり、入れ替わりを使ったんだね」

「なんだ、バレてたのか。けっこう頑張って工作したつもりだったんだけどな」

 いまのハリクには村で見せていた幼げな雰囲気など欠片もなく、ただ飄々とした態度でそこに立っていた。

「簡単な話だよ。村人は十人。遺体も十人分。そうなったら、村が全滅したと考えるのが妥当だけど――もし村に、人扱いされていない人間がいたとしたら話は変わってくる」

「人扱いされていない、か……あれはそういうわけでもなかったんだけど、まあ続けなよ」

「そもそもおかしなことがあったんだよ。あそこで死んでいた十人、彼らはみんな仮面を被っていた。でも宴に参加していたはずのきみが仮面を被っていたというのはおかしい。きみはわたしに村を案内してくれたとき、村人を前にしても仮面を被ることはなかった。何らかの儀礼的な意味があったのかもしれないけど、それもおかしい。仮にきみがあの集団自殺で本当に死んでいたとして、わたしに自分の死を印象付けようとしたのだったら、当然仮面を外した状態で死ぬはずだから」

「それはどうかな……案外、おれの気まぐれかもしれないよ」

「はぐらかすだけなら話を続けるよ。……もしかするときみは、かりに仮面を外されてもきみが死んだと誤認させるような策を講じていたのかもしれない。たとえば、その顔の傷を『偽の遺体』につけて、目や鼻は人相が分からないように潰しておく、とか。これはこれで死に方が不自然になるけど、偽装としては悪くない。でもわたしはそもそも顔なんて見るはずがなかったんだよ」

「……どうしてだ?」

 ハリクはここに至って初めて困惑の色を見せた。

「だってわたしにとって、人間の顔は基本的に食糧にはならないんだよ。不味くて食べづらい、肉も少ない。そんな部位を相手取るほどわたしも暇じゃないんだよね」

「なるほどね。……推理はそれで終わりか? 早く本筋に移りたいんだが」

「こんな夜更けに生き急いでも仕方ないよ。もう誰もいないんだし、わたしたちに残された時間はまだまだあるよ……。まあ、決定的だったのは、馬小屋がもぬけの殻になっていたことだよね」

「それがどうしておれが逃げ出したことに繋がるんだ?」

「あの小屋に、馬が二頭以上いることはあり得ないと分かるからだよ。仮に二頭以上いたとすれば、もしきみが逃げ出したとしても一頭は残っているはず。でも実際には馬は残っていなかった。誰かが解き放ったという線も考えられるけど、だとしても馬が一晩で村から遠く離れることはない……と思う。このあたりの確証はないんだけどね。

 けれどここで矛盾が生じてくる。わたしは村を見て回っているときに、小屋から複数の鳴き声を聞いているんだよね。動物が二匹以上いないのに、鳴き声が重なって聞こえる…‥この理由は一つしか考えられない。馬と一緒に、小屋に人間を閉じ込めていた場合だよ。おおかた狂犬病にでも罹って隔離されていたんだろうね。

 ああ、まああとは、自殺にしては不自然なナイフの刺さり方をしてる遺体があったんだよね。これはわたしの経験ゆえだけど……これも傍証にはなるかな」

「……推理ごっこは以上か?」

「まあね」

「おおむねもって正解だ。おれはあの小屋に隔離されていた発狂した男を殺して、おれの遺体としてすげ替えた。そして馬を使ってこの村まで逃げてきたというわけさ。でも謎はまだ残ってるだろ。おれがなぜ仮面を被っていなかったのか、なぜあんたが人喰いだと気付いたのか――そしておれがなぜ今、ここに現れたのか」

「さあね。わたしはロジカルに考えるのが苦手なんだよ。まあ、当てずっぽうでいいなら考えてたことはあるけどね……例えば、きみは本来生まれてはいけない子供だったとか」

「……へぇ?」

「犯罪者の集まる村。奇妙な呪術的信仰。これらをかけ合わせて考えれば、性交渉が禁じられていたと考えるのは自然なことだよ。でも、その禁忌を犯した『破戒者』がいたとしたら? きみははじめから罪を背負った子供として生まれたことになる。いわば罪悪のサラブレッド……そんなきみが、集団自殺の儀式で中心的な役割を担うのも何ら不思議ではない」

「なるほどね。それでおれは『死の瞬間を見届ける者』として彼ら九人の死を見守ったというわけだ。いや、十人と言うべきかな……まあいいや。ともかく、そこから先のことはどうとでもなるわけだ。いや、お見事だよ。当て推量でそこまで考えられるなら大したもんだ。だてに人を喰ってはいないといったところかな?」

「言っておくけど、二つ目と三つ目の理由については全く分からないよ。人目には気を付けていたつもりだったんだけどね」

「簡単だよ……あんたの姿を直接見ることこそなかったが、喰い荒らされた人間の遺体を見たら誰だって気付くだろう。何と言ったって、この砂漠に人を喰うような獣はいないんだ。うちの村で飼っていたのは馬……つまり草食動物だし、そうそう辺りの村の人間が近づくような場所でもない。だとしたら、あの村で唯一おれ以外に生き残ったあんたがその肉を喰ったんだと、容易に想像がつくんだよ」

「そりゃ迂闊だった。今度からは集めた肉はひとまとめにして置いておくことにするよ」

「今度があると思ってるのか?」

「……それはつまり、わたしと戦いたいって捉えていいのかな?」

 わたしがそう言うと、ハリクは思わず漏れ出たというような笑いをこぼした。

「いや……冗談冗談。まさか人喰い相手にタイマンで勝とうだなんて思っちゃいないさ。いくら幼いおれだってそのくらいのことは分かってるつもりだ。いや、むしろ分かってるからこそ……ここに来たと言うべきかな? なに、簡単な要求だよ……無理は言わない」

「…‥何が言いたいのか分からない」

 わたしは息を呑む。そしてハリクは、わたしにこう告げたのだった。

 

「おれを、食べてくれないか?」

 

 ……は?

 率直に、そう思った。今まで十七年も人喰いとして生きてきて、どうか殺さないでくれと懇願されたことはあっても、俺を殺してくれだなんて要求をされたことは一度もなかった。

 完全なる例外。あるいは計算外。わたしの直感が、これ以上踏み込んではいけないと告げていた。しかしそんなわたしの狼狽に構うことなく、ハリクは言葉を続けた。

「ずっと考えていたんだよ。罪を背負って生まれたおれは、どこで死ねばいいのか――どうせ死ぬなら、どう死ぬのが一番面白いか、そして美しいか……今までそれが分からなかった。だからこそ、死の危険が何度迫ってきてもおれは生き抜いてきたんだ。飢えれば獣を狩って食べた。水がなければ井戸を掘った。家が燃えれば真っ先に消火にあたった…‥どれも村のためじゃない。俺が生きるためだ。村が生きることで俺が生き続ける。その構造をおれは最初から理解していた。罪人の交配種であるおれが生きるということは、罪人の集まりである村が続くということだ。逆に言えば、村が滅べば俺も滅びる。そういうものだと思っていた。

 だが実際にあんたが来て集団自殺が決行される段になって、おれは初めて死に対する嫌悪感を抱いた。いや、死への嫌悪じゃない。死に方への嫌悪だ。いくら村と一緒に心中するとは言っても、おれ自身の手でおれを終わらせるのは御免だった。これは理屈じゃ説明できない。とにかくおれは自殺なんて死に方でこの世を去るのはまったく面白くないと思った。だから逃げ出したんだ。この村に来て、流浪の旅人として振る舞ったんだ。

 ある日おれは自分の村の様子を見に行った。村が滅んだことを自分の中で認めたくなかったのか、あるいは改めて確認したかったのかは分からない。でもともかく、そこであんたが人喰いだと気付いた。

 人喰い。これは面白い存在だと思った。人間は動物を踏みにじらないと生きていけないが、人間を踏みにじらないと生きていけない人間も存在する。いや、そもそも人間社会というのがそういう風にできているのかもしれないけど。そういう人間に殺されてみるというのは――そんな人喰いの栄養分として一生を終えるのは――実に面白い、そう思ったんだ。だから――この鉈で俺の首を絶ち切って、そしておれを食べてくれ」

 彼が一気にそう言い終えるとともに、家の中には静寂が響いた。

 忌み子として生まれたハリク。彼が抱えてきた苦悩について、わたしは改めて考えた。彼の論理は筋が通っている。しかし、こんな結論を導き出す人間がいていいと、わたしは思わなかった。前提を間違えた推論は間違った結論に至る。彼の場合、その間違った前提というのが彼の出自そのもの――生まれてはいけないのに、生まれてしまったことだったのだろう。

 まあ、いずれにしても――わたしはわたしが思うように行動するだけだ。そこに他者の意思は介在しない。人の話を聞く人喰いなんて、この世界では生きていけない。

 だからわたしは、こう答えた。

「断る」

 ハリクの顔が一気に曇る。

「……どうしてだ? この村は住人が多いとはいえ、あんたは常に食糧に困ってるんだろう? 俺が助けたときも飢えて死にそうだったじゃないか。だからその足しになれば、あんたが生きるための数日、いや数時間でもおれが生きるためのエネルギーになればそれでいいんだ。それなのにあんたは、あんたは……おれをまっとうには生きさせてくれないっていうのか?」

「まっとうに生きるっていうのは、誰かのために死ぬことじゃないよ」

 わたしは独り言のように呟いた。

「生きるために殺すことはあっても、生きるために死ぬなんてのは自己矛盾だよ。わたしはあんまり難しいことは考えられないけど、今まで喰ってきた人たちも、わたしに食べられたからわたしのために生きたことになるわけじゃないよ。彼らには彼らなりの生きる理由があって……いわば、生きるために生きる、みたいな。そういう生き方をしてきたんだと思う。仮に前提を間違えた人生でも、生きるために生き続けてきたなら……それを漫然と続けてみることにも、まだ意味はあるんだと思うよ。少なくとも、わたしはそう思ってる。だからこれからも人を殺して食べる。善意につけ込んで村人を皆殺しにするよ。でもあなたは……生きることを間違いだと思って、あまつさえ食べてくれなんて言うあなたは……わたしに食べられるには値しないよ」

 わたしの言葉を聞きながら、ハリクはその場にへたり込んだ。

 まなじりに浮かんだ涙が、月の光をはね返していた。

 

                 7

 

 わたしはその日も村を襲う準備をしていた。

 あれ以来――あの夜に彼と別れてから、わたしがハリクの噂を聞くことはなかった。どこか遠くの村に旅に出たのかもしれないし、案外に道中で野垂れ死んだのかもしれない。

 わたしが獲物を取り逃がしたのは初めてだった。ハリクはわたしが人喰いであることを喧伝して回っているのかもしれない。そうだとすれば、わたしのサバイバルはより厳しいものになるに違いなかった。

 わたしはダガーを手に取る。

 まあ案外、そういうのも面白いかもしれないと、そう思った。

小説「ノー・リーズン」

 私たちがこのショッピングモールで籠城生活を始めてから、すでに二週間が経っていた。

 仁美とは、ここに逃げてきて初めて出会った。同い年ではあるが学区が違うらしく、私は聞いたこともない学校の名前を告げられたのだった。

 もっとも、仁美はいかにも優等生然とした少女で、もし同級生にいたとしても関わりはないだろうな、と私は思った。切れ長の目は長い前髪に隠れていて、厳格そうな雰囲気こそ薄れているものの、どこか仄暗さというか、近づきがたさのようなものを感じさせていた。

 仁美について分からないことは数多い。ここに来る前なにをしていたのかも明瞭には教えられていないし、私が知っていることといえばそれこそ彼女の学校の名前くらいだった。

 仁美はいつでも冷静沈着で、私のことを導いてくれていた。このモールの構造はすっかり頭に入っているようだし、従業員でないと知り得ないような裏口まで完璧に把握していた。もし彼女がいなかったら、私はうっかり外のゾンビに噛まれて死んでいただろう。いや、死よりも酷い目に遭っていたかもしれない。

 私がここに逃げてきた理由は、当初の避難先としていた私の学校がゾンビの侵入によって壊滅したからだ。友達も数多くいたが、みんな噛まれてしまった。彼らを見捨てることは気が引けたけれど、逃げなければ死ぬことは一番よく分かっていた。

 なんとなく、仁美の方を見やる。彼女は今日も、空のペンキ缶を椅子代わりにして、手で口を覆いながら、足を組んで何かもの思いに耽っているようだった。トレードマークの青いリボンがよく目立っている。

「ねえ、仁美。そろそろ、お腹空いてきたんじゃない?」私は訊ねた。

 しかし、彼女の返事はなかった。

 元々、仁美は口数が多い方ではない。こうやって考え事をしているときは、集中するあまり私の声に気付かないこともしばしばだった。

 だから私は、次の瞬間、彼女がペンキ缶から崩れ落ちたのに、咄嗟に反応することができなかった。彼女はそのまま地面に衝突するようにして、床に倒れ伏した。

「大丈夫⁉」

 私は彼女のもとに駆け寄り、その体を抱きかかえた。思っていたよりも重く感じた……体に力が入らないのだろう。額に手を当てると、彼女がすさまじい高熱を出していることがすぐに分かった。

「ごめん……疲れが出たみたい。少し休んでいれば、良くなると思うから」

 仁美は目を閉じたままそう言った。私は急いで水道に向かい、ハンカチを濡らした。それを仁美の額に当ててあげると、少しだけ苦しげな表情が和らいだような気がした。

 

 その後、私たちが寝床としている段ボールベッドに仁美を寝かせた私は、次に取る行動について思案していた。あの高熱は、ゾンビウイルスの初期症状ではない。仁美の言う通り、疲れから来る風邪の類いなのだと思う。しかし、あれだけの高熱を放置しておいたら危険だ。

 とはいえ、講じることのできる措置がほとんどないのも事実だった。食料品を優先して確保していた私たちは、医療用品の類いはほとんど持っていなかった。

 三階のドラッグストアならば在庫があるだろうか……。ここは一階で、三階までのエスカレーターは開けたところに配置されているから、無理なミッションでもない。

 私はドアを開けて、フロアへ出た。

 モールの中はひどく薄暗い。この周辺は天窓になっているから幾分かマシだが、そこから少し離れただけでもかなり見通しが悪くなる。私は止まっているエスカレーターを一気に三階まで駆け上がり、ドラッグストアを目指した。何度も仁美に案内されたから、モールの構造はすでに頭に入っている。暗がりに目を慣らしながら歩いて行った。

 期待通り、ドラッグストアには風邪薬や解熱剤があった。食料品とは異なり、パンデミック以降もあまり買い溜めや略奪の憂き目に遭わなかったのだろう。

 あとは帰るだけだと思った、そのときだった。私は店の入り口付近に一体のゾンビを認めた。なお悪いことに、ゾンビは棚の間を通ってこちらに向かってきていた。私はすばやく身を隠し、様子を窺った。しかしそこで、さらに絶望的なことに気付いた。複数体のゾンビが店の前にたむろしていたのだ。

 入り口を塞がれたら、他にまともな逃げ道はない。店には裏口があったが、元いた場所に戻るには結局この店の前を通らなければならないのだ。

 思案したのち、私は強行突破することを決めた。ゾンビは足が遅い。掴みかかられたときに避けられさえすれば、逃げることはさほど難しくない。要は力押しをまともにウケなければよいのだ。私は走り出した。

 しかし、そうした慢心が祟ったのかもしれない。私は無事にゾンビの群れをかいくぐり、一階まで戻ってきていた。あとは私たちが根城としている職員用スペースに戻るだけだと思った、そのときだった。私は右足に激痛を覚えた。

 見ると、ゾンビが私のくるぶしに噛みついていた。走った後で息が上がっていたから、気配に気付けなかった。しまった、と思った。ゾンビウイルスを解毒する血清などの専門的な薬剤は、こんな町中のショッピングモールには置かれていない。一度噛まれてしまえば、発症しないことを祈って安静にするしかない。いろいろな考えが頭を駆け巡った。しかし一番脳裏に浮かんでいたのは、仁美の顔だった。彼女にこのことを伝えたら、一体どんな顔をするだろうか。考えるまでもなかった。彼女は冷静に、最善の策を練るはずだ。

 ならば私も、ここで食い殺されるわけにはいかない。私は体をひねり、左足でゾンビを思いっきり踏みつけた。狙い通り、ゾンビは私に噛みつくのをやめた。しかし栓を失った傷口からは一気に血が流れだしてくる。痛む右足を引きずりながら、半ば跳ねるようにして私は拠点へと戻った。

 ズキズキとした痛みが体を登ってくるのを感じながら、私は風邪薬のカプセルを取り出し、仁美に飲ませた。「ありがとう……」と、彼女の口からは聞きなれない台詞を私は聞いた。

 

 仁美の熱は二日後になってようやく引いた。一方の私はというと、少しでも汚染された血液が循環しないように、太ももを紐で縛りながら横になっていた。すっかり立場が逆転して、今度は私が看病される番になっていた。

 そんな私の様子を見て、彼女が下した判断はひどく単純明快だった。

「ごめん。私にあなたを助けることはできない」

 必死の看病の末に、彼女はそう告げたのだった。病み上がりというのもあったのだろうが、その表情はひどく苦しげに見えた。彼女は熱が下がった後、寝る間も惜しんでウイルスの対処法について調べていた。即座に足首を切断するという手もあったようだが、十分な設備もない中では出血を抑えられないのが目に見えていた。そんな彼女が言ったことだったから、私はそれを素直に受け入れることができた。その一方で、私はなんだか、それを現実味を伴った事実として捉えることができないでいた。

 

 どれだけの時間が経っただろうか。私の右足は腐敗を始めていた。それだけではない。全身が熱を帯びて、意識がもうろうとし始めていた。

「ねえ、私、このままここにいて大丈夫なのかな……?」私は訊いた。

「大丈夫」即答だった。「外に出てもすぐに食われるだけ。安心して。あなたの自我が完全に消滅するまで、ここにいていいから。私自身のことは、どうとでもなる」

 いつもの仏頂面でそう答える彼女に、私はどこか違和感を覚えた。そしてその違和感を頭で理解するよりも先に、言葉が口を衝いて出ていた。「嘘だよ」

「そんなのは嘘だ。いくら仁美でも、単独でこのくらい大きな施設を探せるほど状況は簡単じゃないはずだよ。二週間前とは、感染の規模も違うんだよ。そんな中で、どうやって生き残るっていうの。それなら私は仁美に少しでも長く生きてほしい。私のことなんて気にしないで――」

 そして、私はその言葉を口にした。口にしてしまった。

「――私を殺せばいい」

 彼女の目つきが、がらりと変わるのを感じた。

「なんで、そんなことを言うの」

 冷たい口調だった。しかしそれは同時に、燃え盛る炎のような危うさも孕んでいた。

「だって、あなたには生きてほしいから……」

「みんなそう言った。私のためだって。だから私はみんなを殺した。見殺しにしたし、私の手でも殺した。頸動脈を掻き切って、蘇らないように心臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。私は何度も吐いた。血まみれになった体を何度も夢で思い出した。それでも私には、何も残らなかった」

「……」

「何が間違っていたの? 私を思ってくれている人の言うことを聞いて、どうしてもっと悲しまなきゃいけないの? なんで何度も、思い出して、思い出して……そう思った。それで気付いた。彼らは本当は私のことなんて考えていなかった。単純に苦しいから、死にたいから、殺してほしかっただけ。それなのに死ぬ勇気すら無かったから、何もかも――自分の死すらも、私に委ねた。あなたも――そうなんでしょう? 苦しいから、殺してほしいんでしょう? だったら私は、あなたを殺してあげない」

「そんなこと……」

「それに私は、あなたを殺せない。殺せたとしても、殺さない。殺したくない」

「……どうして?」

「だって――」

 彼女は少し言い淀むようにして、しかしはっきりとこう言うのだった。

「――あなたは、私にとって初めての友達だったから」

 

 長い、長い時間が経った。私はもはや自分の体を制御できなくなっていた。完全にゾンビと化した私は、血にまみれた自分の右手を見た。その手には、青いリボンが握られていた。それを見て私は、ああ、仁美はちゃんと逃げられたんだと安心して、そのまま意識を手放した。

 その足が何者かの体を踏みつけていることに、私はとうとう気付かなかった。

小説「繭」

 笹原東子は、窓の外で行われている盆踊りをどこか物憂げな目で眺めていた。

 東子は工場の女子たちとさほど折り合いが良くなかった。吃音持ちの東子が話しかけようとも、言葉をなんとか紡いでいる間に、怪訝そうな顔で立ち去られてしまうばかりだった。踊りに交ざっても、あれは誰かしらと陰口を叩かれるのは目に見えていた。

 東子にとって、唯一心が安らぐ時間は糸を手繰っているときであった。手繰るとは言っても、舶来の機械を用いるのだが、これが存外にこつを要する。湯でほぐした繭から何本か糸を拾い、より合わせ一本にして、機械にかける。するとひとりでに糸を巻き取ってくれる。これが実に繊細な作業で、少しでも拙い部分があるとすぐに糸が切れてしまう。どれだけ長く糸を巻き取れるか、自らに課した課題を乗り越えるのが至上の悦びだった。こだわってばかりで量がおざなりだ、給料泥棒だと年長の工女たちに誹られることもあったが、糸を手繰っている間はそんな声も忘れることができた。

 しかし、何より東子にとって憂鬱であったのは、これから盆休みが始まることだった。月に二日の定休日さえ持て余す有様なのに、盆休みとあってはとうとう始末に負えない。むろん家に帰るつもりはなかった。旅費が勿体無いからである。東子は些かなりとも実家に現金を仕送りしていることを誇りに思っていた。小川工場に住み込みの工女として働きに出ることを決めたのも、家計を支えれば自信がつくだろうという安直な期待によるものだった。

 小川工場は、ごくありふれた信濃の製糸工場である。うら若き少女たちを薄給で雇い、日の半分も働かせていた。しかし衣食住が満足に提供されているから、文句を言う者はなかった。家に帰って重い鍬を担ぐよりは余程ましであるというのも大きかった。

 さて、どうしようか。

 文机に置かれた便箋に向き合いながら、東子は何を書くか考えあぐねていた。帰省しない代わりに手紙くらい書こうと思ったのだが、まさか己の情けない窮状を明け透けに書くわけにもいくまい。

「ああ」

 東子は床に背中を預け、天井を仰ぎ見た。生糸は国を支える貴重な資金源です、と先生は言った。それにしては随分粗末な板張りだと東子は率直に思った。

「休みの三日目に、居残り組で糸繰り大会をするらしいですよ」

 二段ベッドの上段からいかにも溌剌そうな顔が覗いた。東子と寮の部屋を同じくする三崎春子は、孤立していた東子に果敢にも話しかけた数寄者であり、今では東子にとって唯一気の置けない友人と言える存在だった。彼女に対してだけ、東子は不思議とどもらずに話すことができた。

「なんでもアメリカのお偉いさんから、信濃の生糸は質が悪いと直々にお叱りを受けたんだとか。そこでこれからは糸の質を重視しようということで、噂では良い糸を紡ぐ女工は重用してもらえるかもしれないと」

「それはつまり、お給金が上がるということ?」

「まあ、そういうことじゃないでしょうか」

 悪い話ではないと思った。しかし同時に、自分には関係ない話だな、とも思った。ろくに関わりもない同僚の前に出向いて技量をひけらかすほど厚顔無恥ではなかったし、そもそもその技量にしたってとても褒められたものではない。工女としての成績は常に最下位であったし、これで糸取りという最も待遇の良い仕事を任されているのだから、年長の工女に非難されるのも尤もだった。彼女らの中には、私よりも上手く糸を繰れる人の方が多いはずだった。自分を指弾する声が頭の中で反響して、東子はあまりの情けなさに頭を抱えた。

「私は参加しないわ。どのみち一番にはなれないんだし」

 いつの間にやら下に降りてきていた春子は、憂鬱そうにそう呟く東子を見てひどく寂しげな表情を浮かべたのだった。

 

        ○

 

 しかし何故だろう、東子は盆休みの三日目、繰糸機を前に開始の合図を今か今かと待ち構えていたのだった。どうしてこんなことになったのだろうと、東子は想起する。

 春子が狡猾な仔犬であることを、東子はすっかり忘れていた。年下であるのを良いことに、愛玩動物のような目で、東子さんがお仕事しているところを見たいだとか何とか懇願してくるのだ。なまじ実力には関係ない部分で言い縋られたものだから、東子の方もとうとう根負けして参加を承諾してしまったというわけである。

 とはいえ当の東子が乗り気であるはずもなく、周囲から否応なしに向けられる視線に気を失いかけていた。傍で春子が純粋無垢な期待のまなざしを送ってくるのも、東子にとっては耐え難いことだった。自分はそういった期待に応えられる器ではない。現に東子は家族のお荷物になっている罪悪感から逃げるようにしてこの工場にやって来たのだった。しかしそうした憂鬱も、糸繰りが始まりさえすればすべて忘れられるに違いなかった。

 始めは内々に実力者を決める催しだったものが、話が膨らんで学業の先生や工場長、果ては隣の大工場に雇われているフランス人の先生までも視察に来ることになったらしい。ここで実力を見せれば大出世だと、周りの参加者たちが虎視眈々と目を光らせているのが分かる。しかしそうした期待感は東子の中にはまるでなかった。懇願されて不本意にも参加させられた身である、適当に済ませれば良いのではないかとすら本気で考えたのだった。

 しかし実際に糸を繰る段になってみると、そんな甘えたことを言っている場合ではなくなった。むしろ緊張感から手が震え、指先には甘い電流が走るような心地だった。これを武者震いと呼ぶのだろうか。恐らく違うだろう、と東子は思った。

 はじめ、の合図を、東子は聞き取ることができなかった。周りの工女たちが一斉に手を動かし始めたのを見て、ようやく大会が始まったことを理解したのである。結局、東子は一足遅れて糸を手繰り始めた。もちろん今般の大会は良い糸を紡ぐというのが趣旨なのであるが、手際が良ければ良いほど、挑戦の機会が多くなり有利なのは明らかだった。

 しかし、東子はとてもそんなことを考えている場合ではなかった。震えは収まらず、観衆の視線は変わらず彼女の全身を刺した。催し事とはいえ、こんな体たらくでは自分は首になるのではないか――そんな非現実的な想定が脳裡をかすめ、東子の思考は濃霧に閉ざされた。するとそれに呼応するかのように、今まで手繰っていた糸が切れた。ただでさえ作業が遅いのに、大事な機会を一つ使い潰してしまった。やり直そうと手を動かしたが、震えのために手は言うことを聞かず、繭から糸を引き出すことができない。どうしよう、どうしようと、意味も脈絡もない言葉や想像が脳内を駆け巡った。思考の濁流に満たされ、東子はとうとう、身動きが取れなくなってしまったのだった。

 最初から分かっていたことだった。そもそも自分は、逃げ出すようにして家を出た単なる十四歳の少女だったのだ。広き祖国の未来を背負って立つ気概などあるはずもなかった。ろくに友人も作らず、学業成績も半端で、肝腎の糸繰りに至っては最下位をつけられる始末であった自分が、こんな大会に出ようとしたことが間違いだったのだ。春子の口車に乗せられた自分が憎かった。いや、彼女にも謝らねばなるまい。首になったら、両親にはどう申し開きをしたものか……。そんな考えだけが、ちろちろと流れる小川のように確かに感じられていた。

 東子さん、東子さん、と叫ぶ声に気付いたのは、ずっと後だった。見れば春子が脇目もふらず東子の名を呼んでいた。周囲の観客からはどよめきが聞こえる。いかにも精悍そうな顔立ちのフランス人先生でさえどこかたじろいだ様子を見せていた。東子と春子の目が合う。すると春子は何故か呆れたような顔で東子に向けてこう言い放ったのだった。

「何をしているんですか。糸を取らないと、負けてしまいますよ」

 それは実に全うで、そして笑ってしまうほどに真実だった。周囲を萎縮させるくらい大きな声を出して伝えることがそれかとか、結局勝ち負けにこだわってるんじゃないかとか、言いたいことはいくらでもあったが、今まで東子の頭を占めていたあらゆることを一斉に、そして痛快に嘲笑うようなその言葉は、東子にとって格好のからっ風だった。

 ようやく落ち着きを取り戻した東子は、糸を手繰り始める。それをより合わせて、一本の絹糸が出来上がっていく。それはごく緩慢な動作だったが、同時に極めて静謐な対話でもあった。やがて繭からすべての糸が剥ぎ取られたとき、繰糸機に巻き付けられた糸は煌びやかな光を放っていたのだった。

 

        ○

 

 現実は非情なもので、大会は普段から糸繰りで一番の成績を残している紀子という少女に軍配が上がった。いずれ大工場に栄転するのではないかと噂されているのを耳にした。

 しかしあの大会以降、周囲が東子を見る目も大きく様変わりした。東子が度を越したどもりを見せても、言葉を発するのを待ってくれる人が増えた。「あなたがこんなに面白い人だったなんて、思いもしなかったわ」などと無責任なことを言う者もいたが、今では彼女とも良き友達である。

 翻って盆明けの今日、東子は筆を執っていた。両親に宛てる手紙の内容が決まったのである。書いたのはもちろん大会のことである。良いことが増えたという旨を記すにあたって、元は友達が少なかったということまで明け透けに書いてしまったが、それもまた一興というものだろう。

 春子がベッドから降りてくる音がした。「何を書いたんですか」と彼女は訊ねた。

「そもそも生糸というのは羽化しようとしている蚕蛾を煮殺してまで採っているでしょう」

「先生が言っていましたね」

 だから、こんなことを書いてみたの、面白いでしょう? と、東子は便箋の内容を春子に見せびらかした。

 両親に宛てた手紙の最後の行、そこには奇妙に戯画化された蛾のイラストレーションと共に「あなたが育てた繭が、割れてしまいましたよ」と書かれていた。

小説「雨がお似合い」

 昼休み、俺は面倒な輩に絡まれていた。

「それで、件の自転車泥棒について稔はどう思うの」

 俺から見た小田原恭子はごく普通のクラスメイトだった。しかし、俺はどういうわけか彼女にいたく気に入られていた。というのも、小田原が以前、図書室から借りた本を紛失するという事件を起こしたときに、俺がその在処を突きとめたからだ。真実はひどく簡単だった。事典のように分厚かったその本は、作品を乾かしたい美術部員が、新聞紙を押さえる重石として持ち去っていたのだ。

 そんな些細な推理に彼女はひどく感銘を受けたようで、以来俺に付きまとうようになった。連絡先の交換を迫られているが、プライベートの時間まで彼女の言葉の洪水に侵されるわけにはいかない。

「どうもこうもあるか」

 俺は頭を掻き、あくびを噛み殺しながら、俺――蓑田稔を馴れ馴れしくも下の名前で呼んでくる厄介な女の質問に答えた。

「単にセキュリティ意識の低いやつらを狙っているだけさ。中古品として売り払えば、高校生の小遣い稼ぎとしては十分だ。嗅ぎつけられたくなければ鉄くずにでもすればいい」

「そういうものかなあ」

 小田原はあからさまな失望を見せた。そのまま俺に愛想を尽かしてくれればいいのだが。

 教室は、担任である竹内教諭に子どもが生まれたらしいという話題で持ちきりだった。竹内は妻子の様子を見に行くと言って、四限の授業を切り上げて早退していた。

 先ごろ降り始めた雨が土を濡らし、窓から鉄のようなにおいが流れ込んできた。スマホを見ると、市内の国道で事故渋滞が起きているというニュースが目に入った。

 

        *

 

「昨日はほんと、散々な目に遭ったよ」

 翌日、一限が自習となると知るやいなや、小田原は課せられた数学の問題をものともせず一直線に俺の席へ向かってきた。彼女の窮状など知ったことではないのだが。そんな本音を押し殺し、俺は事を穏便に運ぶことを選んだ。女から買う恨みほど怖いものはないと、脳天から爪先まで昭和気質の父親が幾度となく語っていた。

「どうしたんだ」

「放課後に自転車置き場を見たら、私の自転車がなくなってたんだよ。校内を探し回ってみたけど、どこにもなかった。まさか自分が自転車泥棒の餌食になるなんて」

「餌食とはまた、大きく出たな」

「……何が言いたいの?」

 選択を間違えたようだ。俺は慌てて訂正する。

「いや。ただ、一つ分かったことがある」

「何?」

「お前が市内に住んでいるとすれば、恐らく自宅は川中町にあるということだ」

「……! なんで分かったの?」

 彼女は心底不思議そうな顔をした。推理は簡単だった。昨日は雨が降っていた。それなのに自転車で家に帰る必要があったということは、バス等の代替手段が使えないような地域に住んでいるということだ。あるいは急用があったとも考えられるが、普通の人間は朝の天気予報を見て自転車を使うか決める。雨に耐える覚悟で自転車通学を選ぶのは、そうした地域に住む人間か、天気予報を見ない間抜けだけだ。実際、今朝の自転車置き場は非常に空いていた。そして彼女は、迷惑ではあっても間抜けではなかった。

 そうしたことを説明し終えると、彼女はますます不思議がり、数秒後には怪訝な顔つきになった。

「稔は私のこと、迷惑だと思ってるの……?」

 まずい。

「言葉の綾だよ」

「言葉の綾って、こういうときに使う言葉じゃないと思うけど」

 リカバリーにも失敗した。無理矢理にでも話を引き戻す必要があるだろう。

「ともかくだ。お前は自転車を盗まれ、仕方なく今日は徒歩で登校してきたわけだ」

「いや、そこが不思議なところでね」

 小田原の顔つきが変わる。

「実は、私が家に帰ったら、玄関の前に私の自転車が置き去りにされてたんだよ」

 瞬間移動――そんな言葉が脳裏をよぎる。しかし、それは単なる幻想である。

「つまり、自転車泥棒が律儀にもお前の家の前で自転車を乗り捨てていったというわけか」

「そう。私、自転車泥棒に家を知られてるのかなって思ったら、怖くなって」

 確かに恐ろしい話だ。正体不明の自転車泥棒が親切にも自転車を返してくれる。他に自転車が返ってきたという例は聞いたことがないから、小田原のケースは特殊だ。

「目撃情報はないだろうな。昇降口から徒歩で帰るルートでは自転車置き場を通ることはない。昇降口の反対側まで靴を運んで裏手から出るのは自転車通学者だけだ。まして昨日は雨が降っていたから、わざわざ自転車で帰ったのもお前くらいだろう」

「うん。それにアリバイという面でも、休み時間のうちにどこか隠し場所に運んでおいて、あとで目的の場所に持って行くことは誰にでもできたはず。特定材料にはならないね」

「せめて、誰かの目撃証言でもあればいいんだが」

 目撃証言、という言葉に彼女はぴくりと反応した。

「あのね、私、窓側の席でしょう? だから、屋根に隠れて自転車は見えないけど、三限の終わりくらいだったかな、禿げ頭の先生が置き場の前を歩いてるのを見たよ」

「禿げの種類は?」

「丸禿げ」

「権田か」

 体育教員の権田は、その色黒のルックスとつるつるの頭から、密かに「煮卵」と呼ばれていた。そこには彼の指導の厳しさに対する反発も少なからずある。

 ともかく、俺たちは権田に話を聞いてみることにした。

 

        *

 

「また泥棒だよ。穏やかじゃないな」

 権田はどこか悔しがるように言った。自転車置き場を見回っていたのだとすれば、これ以上の被害を防ぎたかったのかもしれない。

「いえ、私のは返って来たので良いんですけど」

「え? それなら良かったが、そんな例は聞いたことがないな」

「僕は個人的に、今回の犯人は別の誰かじゃないかと思っているんです。そこで権田先生があそこを見回っていたと聞いて、お話を聞けないかと」

 小田原が静かに俺を睨む。猫を被りやがって、とでも言いたいのだろう。あるいは、別人説なんて初耳だ、だろうか。

「構わないが、別の犯人がいるなら尚更穏やかじゃないなあ」

 権田の情報は極めて曖昧だった。自転車泥棒が教員内で問題になって以降、授業の担当がないコマには毎度自転車置き場を見て回っていること、昨日はそれが二限と四限、そして五限だったが、自転車は四限の始まりには三つ、四限の終わりには二つ置かれていたことが分かった。つまり、小田原の自転車は三限まであったと断言しても良いだろう。これで時間が絞れた。

 

「こうも上手く事が運ぶとはな。自転車が盗まれたのは四限の間だったんだ」

「でも、それが分かったところで、誰にでも犯行ができることに変わりはないよ」

「いや、これで犯人が分かった。むしろ、最初から気付くべきだったんだ」

 小田原は驚きを隠せないといった様子だった。無理もない。しかし盗まれた時間を確認したのは、傍証を固めるためにすぎない。

「だから、自転車泥棒と今回の犯人は別人だと言ったんだ。お前の自転車を盗んだのは、教員なんだからな」

「……教員?」

 小田原は顔に感情がよく出るタイプだ。先ほどの純粋な驚きから、もう困惑の表情に変わっている。

「ごく当たり前のことを考えてみればいいんだ。授業中に教室を抜け出さなければ、四限の時間中に自転車を盗むことはできない。そう、例えば、早退でもしない限りは」

「……!」

 その言葉で、彼女もようやく気付いたようだった。

「そう、君の自転車を盗み、そして君の家の前に戻したのは、君の住所を知っていた人間でしかありえない。近ごろはプライバシーの問題だとかでクラスメイトの住所録を配る学校は珍しくなっているというから、それを知り得るのは担任くらいのものだ。竹内――彼が今回の事件の犯人なんだ」

「なんで竹内先生が、そんなことをする必要があったの?」

「……先ほど、雨の日にわざわざ自転車を使うのは、家が遠く交通網にも恵まれないからだと言ったが……同時にこうも言った。わざわざ自転車を使うのは、急いでいるときだと」

「……出産の立ち合いのため、っていうこと?」

「さすが、呑み込みが早い。ついでにFAQも潰しておこう。なぜタクシーを使わなかったのか? ……昨日は国道で交通事故が起きて、とても車で病院に向かえるような状況ではなかったんだ。お前の自転車を選んだのは、偶然かもしれないが、あれだけ露骨に主張していたら分かるだろうな。自分の自転車に【KYOKO】というステッカーを貼る馬鹿がどこにいるんだ」

「……悪かったわね」

「ともかく、やむを得ずお前の自転車を『借りる』ことになった竹内は、自転車泥棒に罪を擦り付けようとしたが、良心が痛んでお前の家に自転車を返した。こんなところだろう」

 面倒な事件も、終わりは決まって呆気ない。拍子抜けするくらいにどうしようもない真実が明かされる瞬間というのを、俺はそこそこ気に入っていた。

「事件は、これで終わりだ」

 

        *

 

 放課後、俺は自転車置き場を訪れた。いくつか、ミスをしてしまった。この高校から遠く、かつ交通網が行き届いていない地域は川中町だけではない。また、彼女の自転車にステッカーが貼ってあることを俺が知る由もない。これらは全て、俺が事前調査で知っていたことだ。

 これだから、推理ごっこに手を出すのは嫌いなんだ。俺がやっているのは連想ゲームであって、推理ではない。俺は完璧な人間ではない。おれがそれを分かっているからこそ、迂闊には動かないのだ。やりたくないことはやらないが、やるからには念には念を入れる。それが俺のモットーなのであって、今回のような綱渡りは俺の本分ではない。

 しかし一方で、自転車泥棒という謎に満ちた存在を、自転車を「借りる」口実にされかけたのは腹立たしかった。俺はそんな卑小な人間に邪魔立てされるような人間ではない。

 彼女は間抜けじゃないと言ったが、訂正しておこう。いくら遅刻ギリギリで学校に来たとは言っても、鍵をかけないままで部活に行くものではない。計画性も先見性もない女だ。

 俺は過剰な装飾が施された能天気なサドルに跨り、暮れなずむ夕日に目を細めながら、ペダルに足をかけた。

小説「山本かまぼこ」

「山本とかまぼこを食いに行ったんだよ」
 私の友人にして大学の学科を一にする巽篤史はそう言った。しかし、巽は私のよく知る姿ではなく、看板になっていた。なお悪いことに、それは木製の看板であり、長いこと雨曝しになっていたせいで剥き出しのベニヤがよれていた。
「山本とかまぼこ、ねえ」
 構わず私は言う。コミュニケーションを取るにあたってさしたる問題はなさそうだと判断したからだ。看板である彼がどのように音を発しているのか興味はあったが、さしたる問題ではなかった。
「お前はこう思ったはずだ。山本とかまぼこ、母音が共通しているが、これは偶然か、と」
「もちろん思った。しかしすぐに偶然だと分かった」
「なぜだ」
「山本にとっては、お前つまり巽とかまぼこを食べに行ったということになるからだ。巽とかまぼこの間にはなんの関連性もない」
 巽は、してやられたといった風体で私をしばし睨みつけると、言葉を丁寧に紡ぐようにして私に反論した。
「しかし俺にとっては、山本とかまぼこを食いに行ったということは純然たる事実として残るわけだ。それを面白おかしく俺が吹聴することは、なんら矛盾しないと思うが」
 看板が 15 秒にわたって喋った。そういえば、看板に睨みつけられているとなぜ私は分かったのだろう。しかし今は、彼の反論を受けて立つことが喫緊の課題だった。
「そうは思わない。そもそもかまぼこを食べに行くという状況が愉快すぎて、山本の存在は問題にならないからだ」
 看板の巽はまたも押し黙る。看板が悩む姿というのは傍目にも実に迷惑だった。自信があるからこそ看板なのであり、看板であるからには自信満々でなければならない。もし私が看板であれば、そうしたポリシーを自身に課すはずだった。
 やがて顔を上げた——看板をキャラクターと見なすとしたときに、真っ先に顔とみなされる部分が持ち上がったのだ——巽は、こう言った。
「確かに、俺はなぜかまぼこなんぞを食いに行ったんだろう?」
「私に訊かれても困ることだ。しかし一つ言えるのは、お前が山本とかまぼこを食べたかったということだ」
「そんな言い方をするなよ。まるで俺がかまぼこのみならず、山本を食べたがっていたとでも言うようじゃないか」
 懇願するような目で巽は私に訴えた。目? 看板の巽にはおよそ顔らしきものがない。しかし現に喋っているのだから、私が目や鼻や口を勝手に想定することは私の自由であるはずだった。
「それなら、かまぼこが食べたいなんて二度と言わないことだ」
 相手にしていられない、と思い、私は会話を切り上げた。
「おい、待てよ」
 巽が呼び止める。
「山本かまぼこ」
 巽は言う。
「おい、なんのつもりだ」
「山本かまぼこ、山本かまぼこ」
 しかし、巽はなおも言葉を止めなかった。
「山本かまぼこ、山本かまぼこ、山本かまぼこ……」
 そして巽が 24 回目に「山本かまぼこ」と言った瞬間、私の内側から言葉が口をついて出た。
「山本かまぼこ」
 その一瞬、巽の顔が綻んだように見えたのは私の気のせいではあるまい。私は満足して、午後の授業に向かった。巽は授業に顔を出さなかった。
 そして巽は二度と、私の前に姿を現すことはなかった。
 ある日、山本と会うことがあった。私は言った。
「山本かまぼこ」
 彼はばつが悪そうに、
「実は僕には戸籍がないんだ。だから僕は、本当は山本ではないんだよ」
 と言った。そして私は、こんな男に殺された巽を心から哀れに思った。

小説「拳と心臓のエスキース」

 僕の絵を普通と定義するならば、彼の絵はいつも普遍的だった。

 

 僕が放課後の淡い風景を描けば、彼は地平線上で燃える太陽を描いた。

 僕が茜色に色づく山々を描けば、彼は青空の下に立つ富士山を描いた。

 僕がさえずるウグイスを描けば、彼は火山を飛び出る不死鳥を描いた。

 

「誰かにとって価値あるものは全て評価されるという盲信――それが、お前が弱い理由だ」

 あるとき、彼は言った。僕は反発した。遺伝の法則を発見したメンデルの研究も死後評価されたのだと、そんなことを言った気がする。今思えばなぜ生物学の話をしたのか分からないが、その後に続く彼の言葉ははっきりと覚えていた。

「よく分かってるじゃないか。科学と同じで、絵画にも答えがある――俺が、強い理由だ」

 僕は顔をしかめた。返す言葉もなかったからだ。彼の言う通り、僕の反論は的外れだった。しかし本当の価値は理屈とか法則とか、そういうもので語り得るものではないと、僕は感じでいたのだった。

 

 卒業生を送り出す、最後のコンペ。結果にかかわらず、勝負のために絵を描くのはこれで最後になるだろうという、おぼろげな確信が僕にはあった。

 それでも僕は、まだ結果を聞きたくないという、そんな思いに駆られていた――。

 

        *

 

 僕らが出会った……出会っていたはずの小学生時代、僕らはお互いのことをまるで意識していなかった。彼――大河原飛龍は、僕にとってまるで関係ない世界の住人だったのだ。彼が絵画の町内コンテストで金賞を取ったという報せも、僕の耳を通り抜けていった。

 だから、彼と僕――一木仁が本当に出会ったのは、高校の美術部でのことだ。裏紙に漫然と描いていた落書きを、作品に昇華したくなった――そんなありふれた動機を馬鹿正直に話した僕を、鼻で笑った男がいた。彼こそ、大河原飛龍その人だった。帰り際、昇降口で靴を取り換えている僕に、彼は顔も見ず話しかけてきた。

「周回遅れのお前が生き残るには、並外れた情熱と努力が必要だ。それなのにお前が言ったことと言えば『絵が描きたくなった』と来た。お前には、勝つ意志がないんだ」

 アドバイスにしては不躾だ、と思った。部活への熱量を間違えている、とも思った。いずれにせよ、僕はこの鼻持ちならない男を危険人物としてマークしたのだった。

 もっとも、彼が数々のコンクールで審査員の評価を総なめにする実力者であると知るのは、ずっと後のことだった。その名前が小学校時代の彼に結び付くのも、もっと後だった。

 

        *

 

 新歓行事の一環として実施されたコンペは、本来ならばレクリエーション的な趣の方が強かったのだろう。しかし大河原飛龍という傑物を前にして、新入生はみな等しく震え上がっていた。大河原の独擅場だろうという見立てが大勢を占めていたからか、半分遊びのような気持ちで臨む生徒が大半であるようだった。

 しかし僕は無謀にも、そんな風潮に反旗を翻した。もちろん、公に意見したわけでも、大河原に挑戦状を突き付けたわけでもない。ごく個人的な意志として、手を抜かないことを心に決めたのだ。

 それから締め切りまでの二週間、僕は授業もそっちのけで絵のことを考え続けた。何を描くか、構図はどうするか、光の当て方はどうするか、――そんな細々としたことを一つ一つ考え抜く作業は、マジックハンドでジグソーパズルを完成させるくらい覚束なかったが、やりがいに満ち溢れていた。そして僕は、寝る間も惜しんで、僕の最初の作品である「音楽」を完成させたのだった。

 それは、夕刻迫る音楽室に置き去りにされた二つのトランペットを描いたものだった。重なり合ったそれら二つは、仄暗い部屋の中に夕焼けの光を反射していた。出会い、そして別れ、あるいは諦め――様々なテーマが一挙に去来する、実に文学的な作品だと自負していた。僕は心が弾むような思いで部室に向かった。

 コンペは、円く並べられた椅子に座り、各々の作品を順番に見せ合うという形式だった。僕が七人中六番目で、案の定と言うべきか、大河原は最後だった。

 最初の二人は、いかにも申し訳なさそうに自分の作品を見せた。「今回は、時間が足りなくて」だとか「こういうの描いたのは初めてなもので」だとか、言い訳じみたことを口にしていた。彼らに負けることはないだろうと、心の中で確信していた。

 続く三人も、ヘラヘラした態度こそ見せなかったものの、大河原には勝てないだろうという諦めから来たのだろう、明らかな瑕疵が随所に見られた。遠目に見ても分かるのだから、時間さえあれば直せたはずだ。それをしないのは、やはり大河原の存在感ゆえとしか考えられないだろう。題材にしたって、花瓶だとか自画像だとか、ありふれたものばかりだった。

 そして、僕の順番が来た。目の肥えた上級生たちを含め、皆が僕の絵を見ている。緊張もあったが、僕の中では興奮が遥かに上回っていた。「新入生にしては、上出来すぎるくらいだ」と誰かが言った。パラパラと、拍手が起こる。次第にそれは広がっていき、美術室は僕に対する拍手で満たされていた。僕は喜びを覚える傍ら、唯一腕を組んでしかめ面をしていた一人の男――大河原のその堂々たる態度に、どこか肝が冷えるような思いを感じていた。

「それじゃあ最後――大河原飛龍くん、お願いします」

 進行役の無機質な声が、教室の壁に吸い込まれていった。沈黙の中で、大河原の作品がその姿を見せる。

 それは、花瓶の絵だった。しかし、彼の花瓶は、他の新入生たちのようなありふれた模写ではなかった。もっとも魅力的に映る角度から、もっとも魅力的に光を反射して、もっとも魅力的な色を放つ花々――幾重にも塗り重ねられた絵の具の裏側に、僕は何か悍ましいものを見たような心地になった。それは、計算に計算を重ねて作り出されたひとつの「模範解答」だった。それでいて記号的な退屈さを感じさせず、見る者の目を離さないその作品は、まさに普遍的な美術そのものだった。

 それから起きたことを、僕はよく覚えていない。先ほどにも勝る拍手が起きた後、満場一致で大河原の受賞が決まって――気付けば僕は昇降口で、上履きに書かれた自分の名前を見ていた。一木……一本の木。それは、大河原などという名前の前ではひどく貧弱で、頼りないものに思えた。美術室を後にするときに見えた、彼の顔が脳裡にこびり付いていた。さも当然とでも言うかのような。それでいて手を抜くことを許さない真摯さのような……何か。

「ほらな」とせせら笑う彼の姿を想像して、僕は僅かな寒気を覚えた。

 

        *

 

 その後も僕は、心の中で勝手に彼に挑んでは、惨敗を喫し続けた。二年が経って、引退の時期が近づいても、僕は彼に一向に勝てないでいた。

 そんなある日、珍しく彼が僕に話しかけてきた。僕は卒業生コンペに送り出す作品を描いている最中だった。

「お前、まさかその絵で勝負するつもりじゃないだろうな」

「するつもりだが、それがどうした」

「そう強情になるなよ。お前は『それ』じゃ勝てない。考え直すのが吉だ」

 彼は断言した。その表情の裏には、自身の審美眼に対する確固たる自信が垣間見えた。

「なぜ、断言できるんだ」

 僕は苦し紛れの反論をした。彼と話すのは苦手だった。いつでも、向こうのペースに乗せられてしまうからだ。

「それはもちろん、俺は勝ち方を知っているからだ。そして実際、そうして勝ってきた。お前も勝ちたいなら、俺の忠告に大人しく従うことだ」

「……」

「前にも言った通り、普遍的な真理が存在するのと同様に、普遍的な美というのもまた確かに存在するんだ。それを描きさえすれば、世間の評価なんてものは簡単に得られる」

「でも、僕は……」

「おっとやめてくれ。俺は同じ話をしに来たんじゃない。納得してもらうための材料を用意してきたのさ」

 彼はそう言うと、鞄から一冊のスケッチブックを取り出した。表紙には乱雑な字で「おおかわら ひりゅう」と書いてある。

「これはいわば、俺の黒歴史だ」

「黒歴史だって?」

「見れば分かるさ」

 彼はスケッチブックを僕の方に投げて渡した。取り落としそうになったが、なんとか掴んで、ページを捲る。そこに書かれていたのは、色鉛筆で描かれた草木や花々、昆虫や動物、そして様々な風景が、子どものものとは思えないほど克明に描かれていて――しかし僕が最初に思ったのはそんなことではなかった。これらの絵は、今の彼の作風からは想像もつかないほど――

「普通の、スケッチブックじゃないか」

「言ってくれるじゃねえか。やっぱ、分かるもんかな……」

そう言って彼は、僕に背を向けるようにして椅子に座る。

「そうさ。俺は普通だったんだ。自分が描きたいものを描いて、それが良いものなんだって信じてた。最初はみんな俺を褒めたさ。でもそれじゃ足りなかった。もっと褒めてもらうためには、もっと上手くならなきゃいけない。それで気付いたんだ。楽しいだけじゃ駄目なんだって……」

 彼は言葉に詰まった様子だったが、やがて意を決したように言った。

「だから、勝ちたければ自分を捨てるんだ」

 言い捨てたまま、彼は美術室を去った。

 

        *

 

 そして今、僕らは美術室の中で、来たるべき審判を待っていた。七人いた新入部員は三人に減り、その三人も今日限りで引退する。

 僕は結局、彼の忠告を聞かないことにした。しかし、無視したわけではない。幼くしてへし折られてしまった彼の思いを繋いであげたい、なんて言ったら傲慢かもしれないけれど、少なくとも僕は、自分の信念を曲げてまで勝利を掴みに行くほど勇猛果敢ではないということだ。

 僕は変わらなかった。そして、彼が変わることもない。だからこそ、僕は勝たなければならない。でも、少しだけ、こんなことを思ってしまう自分がいた。

 このまま時間が止まって、勝負が永遠に決まらなければいいのに――。

 そうしたら、夢が――僕と彼の短い夢が、醒めてしまうことはないのに。

 

 そう思った。

小説「三〇三メートルの宇宙旅行」

 台風がやって来た。なお悪いことに、台風は僕のクラスの転校生だった。

 

「足し算や掛け算は順番を変えても同じ答えなのに、引き算や割り算では違う答えになるのはおかしいと思わないか」

 僕はしばらく、それが自分に向けられた言葉であることに気付かなかった。おい、と肩を叩かれてようやく彼の存在に気付いた。彼は仁王立ちで僕の席の真後ろに立っていた。およそ、他人に話しかけるときの位置関係ではない。

 僕は少し考え、言った。

「おかしいとは思わないよ。引き算には引く方と引かれる方があるじゃないか」

「足し算にも、足す方と足される方があるだろ」

 いつの間にか僕の目の前に移動していた彼の主張は、確かに正論だった。しかし僕は算数の神秘になど興味はなかったので、適当にあしらうことにした。

「その足す方と足される方が交換できるんだよ。考えてみればそっちの方がおかしいんだ」

「そう、違うもの同士が交換できるなんておかしいと思わないかと言いたかったんだ」

 いつの間にか主張が変わっていた。結局何が言いたいんだと、その時になってようやく僕は彼の顔を見た。先ほどのホームルームで、「宇宙は存在しない、俺はそれを証明しに来た」と断言してはばからなかった転校生。名前は確か――尾崎透といったか。僕は彼の痛々しくて意味不明な自己紹介に取り合うほど物好きでも、愚かでも、暇でもなかった。そもそも、六年生の六月にもなってそんな変人に話しかけに行く道理は尚更なかった。しかし、

「なあお前、俺と宇宙いかねーか」

 なんて言われたら、さしもの僕も「さっきと言ってることが真逆じゃないか」と突っ込みを入れざるを得なかった。

「そもそも、なんで僕なんだ。申し訳ないけど、僕は君と釣り合うほど変な人間じゃない」

「だからこそだ。違うもの同士は交換できない。俺とお前はいわば、引き算の関係だ」

「お互いに打ち消しあってるじゃないか」

 言うと、尾崎は笑った。それを見て、僕も笑った。

「僕の名前は木下祐樹だ。よろしく」

 思わず口にしていたのは、思えばこのときにはもう、僕が尾崎透という台風の目で、どうしようもなく美しい青空を垣間見たからなのかもしれなかった。

 

 そんな引き算の関係の僕らは、運よく互いに打ち消し合うことなく、折り合いよくやっていたのだが、あるとき大喧嘩をしたことがあった。今思えばそれは全くもって僕の幼稚さに起因するものだったのだけど、無邪気に僕の恐怖心を刺激した彼にも一旦の責任はあったと、今でも思っている。

「やっぱり俺、宇宙は存在しないと思うんだ」

 彼はいつしか口にしたようなことを言った。

「宇宙はあるよ。だって宇宙飛行士が何人も宇宙に行ってるんだ」

「そんなの、行ってみなきゃわからないだろ」

 彼は感情が昂ると、会話が噛み合わなくなることが多々あった。しかしそれは彼の中で何か完結した論理のようなものがあって、そこから出力されたものなのだろうと折り合いをつけ、行間を埋めるようにして会話するのが僕の癖というか、仕事になっていた。

「逆に考えてみなよ。宇宙がないなら、なんで昼と夜があって、月があって、星があるんだ」

 彼は黙ってしまった。しかし頭を掻くような動作を何回か繰り返したのち、

「そっちこそ、逆に考えてみろよ。宇宙があるってことは、宇宙人がいるってことだ」

 と言った。そうとは限らないよ、と僕は返す。

「じゃあ、宇宙人はいないのか」

「宇宙人はいるよ」

「なんで断言できるんだ」

「宇宙は広いからさ」

「じゃあ、なんで宇宙人は見つかってないんだ」

「宇宙は広いからさ」

「お前、俺を馬鹿にしてるのか」

「そんなことないよ。確率の問題さ」

 僕は本で読んだ名探偵を真似て、格好つけてそう言った。しかし実のところ、確率とは何なのかすら僕は知らなかった。

「宇宙が存在するなら宇宙人が存在するんだろ」

「そういうことになるね」

「だったら、お前は生まれ変わったら宇宙人になってもいいのかよ」

 僕はぎくりとした。それは僕があえて考えないようにしていたテーマだったからだ。僕は生まれる前だとか、来世だとか、そういうことを考えるのが苦手だった。実を言えば、宇宙のことも苦手だった。自分が見ている空が宇宙の彼方に繋がっていると知ってから、青く晴れ渡った空を見るたびに体の底が熱くなって、自分が自分でなくなってしまうような気がした。

 だから、そのときの僕は虚を突かれたようになって、こんなことを言ったと思う。

「お前こそ、僕を馬鹿にしてるのか」

 それは直情的な尾崎に対して最悪の受け答えだった。案の定、彼は激昂して、その後は会話にもならない言い合いが続いた。別れ際、俺は絶対に証明してやるんだと何度も叫ぶ姿が、やけに脳裏に焼き付いた。

 

 そして、僕たちは疎遠になった。振り返ってみれば、一か月にも満たない付き合いだった。そして僕たちは喧嘩別れしたまま、最後の夏休みを迎えた。

 夏休みは火花のように散っていった。僕はどこに出かけるでもなく、宿題を一通り終わらせてからは家で本を読んで過ごしていた。

 そんなある日、家に電話がかかってきた。僕は受話器を取ると、聞き馴染んだ声が他人行儀な声でぎこちなく話すのを聞いた。

「木下さんのお宅ですか。連絡網から、近ごろ市内の川で水難事故が多発しているので気を付けるように、とのことです。次の方に回してください。よろしくお願いします」

 尾崎が転入してきてから、連絡網の流れが少し変わったらしい。親御さんの代わりに連絡するなんて偉いな、と思ったが、かく言う僕も両親が仕事で不在であるために今この電話に出ているのだった。そんなことを考えていたら、特に何も考えずに声を発していた。

「分かりました。ありがとうございます」

「えっ……」

 思わず漏れ出たようなその声を聞いて、僕は自分の過ちにようやく気付いた。もう一か月以上も話していなかったから、僕たちが仲違いしていることさえ忘れていたのだ。しかし、気付いたときにはもう遅かった。

「お前……木下か?」

 彼がそんな間抜けなことを口にするものだから、僕としても突っ込みを入れざるを得なかった。

「木下家にかけたんだから、そりゃみんな木下だろ。僕は木下祐樹だよ」

「……そっか」

 しばらく、沈黙が流れた。ぷっ、と思わず息が漏れる。すると、電話の向こうからハハハと大きな笑い声が聞こえてくる。気付けば、僕たちは何分間も夢中で笑い合っていた。

 ようやく笑い疲れてくると、彼は唐突にこう切り出した。

「なあ、夏休みが終わる前に、二人で山に登らないか?」

 山? と僕は訊き返す。

「ああ。一緒に宇宙なんてないって証明するんだ」

「前、それで喧嘩したんじゃないか」

「だからだ。俺たちは引き算の関係だからな」

 それでやけに納得してしまって、ああ、と呟いた僕は、山登りの誘いを承諾した。

 

 八月三十一日、梅高山のふもとにやって来た僕は、およそ山を登りに来たとは思えないような軽装備で待つ尾崎の姿を認めた。ペラペラのTシャツに短パン、そして肩掛けのポシェット。山登りと聞いてやけに怖気づいて、準備を万端にしてきた僕が馬鹿みたいじゃないかと思ったが、口にはしなかった。

 僕らは山を進んでいった。初めての山登りは、僕が重装備だったというのもあるのだろうが、かなり身に応えた。生い茂る枝葉に邪魔され思うように動けないこともあった。しかし、彼はそんなものは意に介さずぐんぐんと進んでいく。僕はそれを追うようにして進んでいった。

 やがて分かれ道に出た。看板が立っていて、「急だけど近道」「緩やかだけど遠回り」の二択だそうだ。僕はもちろん緩やかな道を選びたかったが、彼は近道の方向へ突っ込んで行った。とはいえ思うところはあったのか、「大丈夫か?」と声をかけてくれる。僕は息も絶え絶えだったが、なんとか「大丈夫」と答えた。彼はしばらく押し黙り、

「よし、次に休めそうなところで休もう」

 と提案した。休めると思うと俄然やる気も湧いてきて、そこからは一気に駆け上がった。

 しかし、「急な近道」に平坦な場所などあるはずなどなく、僕らはそのまま頂上まで着いてしまった。

「……なんか、すまん」

 彼は謝罪したが、僕は息が上がってそれどころではなかった。呼吸を整えてから辺りを見ると、頂上を示す石碑には「梅高山 標高三〇〇メートル」と書かれていた。僕らが住む地域は平野部であり、この山より高いものは周囲に何もなかった。

「ほら、だから言っただろ、宇宙なんて存在しないんだ」

 彼は自信満々にそう言ってのけた。

「そんなの、もっと高いところに行かないと分からないよ。飛行機とか、ロケットを使わないと」

「それだって嘘かもしれない。人は空なんか飛べないんだよ」

「それなら、地面にすごく長いはしごを立てるとか」

「……」

 彼は目を輝かせて、それだ! と叫ぶ。

「俺たちではしごを作ればいいんだ」

 どうやって? と僕は訊ねる。しかし彼は押し黙ったまま、地面にかがむようにして、突然僕の足を掴んで――そして僕は、ふわりと持ち上げられた。

「こうするんだ」

「……」

「こうすれば、もっと高いところからの景色を見られる」

 さっきよりも一メートル半高くから眺める景色は、先ほどと何も変わらなかったが、それでも世界で一番高いところにいるかのような感慨を僕に与えた。

「宇宙がないことも、証明できるはずだ」

 彼はそう豪語した。それからのことは、よく覚えていない。

 

 三か月間、僕の心をかき回した台風は、夏が終わるとともに去っていった。別れも告げずに、転校していったのだ。

 それから僕は、宇宙が本当にあることを知った。宇宙から撮ったというその写真には、日本に覆いかぶさる台風が映っていた。

 僕は空を眺める。いつしか、限りない宇宙への恐怖はなくなっていた。僕はなんとなく、彼が宇宙が本当にあることをまだ知らなければいいなと、そんなことを思った。

小説「イトカワ」

       0

 はやぶさは諦めなかった。

 テレビや書籍の中では、よくこういった言い方がなされているのを見る。人間が組み上げたに過ぎないただの探査機にあたかも人格が宿っているかのように物語ることは、いかにも市井の人間が好みそうなことだ。人は人以外の存在と会話することができない。その寂しさを紛らわすかのように、人は彼らが自分たちと同じように考え、語ることを望む。

 しかし僕は、そういう見方はあまりに都合がよすぎると思う。もし僕がはやぶさだったら、人間の勝手な都合で生を受け、見知らぬ小惑星を調べさせられ、あまつさえ人間側の不備で自らの命すら危ぶまれるような状況になったことをよしとはしなかっただろう。だから、今言ったことには少しばかり修正が必要だ。人は人以外の存在が、人が望む通りに考え、語ることを望んでいる。動物にどう見ても無理筋なアフレコをあてている番組なんかも、その一環といえるだろう。

 望まれざる言葉は、語られることがない。

 だから、あえて僕はこう言ってみせよう。

 はやぶさは諦めた。そして、何も語らなかった。

         1

 何かに行き詰まると思わず掃除を始めてしまうというのは、ごくありふれた人間心理の一つだと思うが、しかしいざ自分が直面すると何だか可笑しくて笑ってしまう。

 僕らが相対しているのは、まさにそういった類いの問題だ。この天文部で文化祭担当となった僕を待ち受けていたのは、展示内容をどうするかという不可避にして根本的な課題だった。プラネタリウムというのは、どうにもベタすぎる気がするし、だいいちこの部の人数規模ではとても手に負えない。かといって天文をテーマに何か書いてみたところで、「ふーん」というひどく建前じみた表情を浮かべた観客にパネルを素通りされるのがオチだ。ともすれば、誰も寄り付かないような展示になってしまうかもしれない。

「昔の資料でもあたってみようか」

 そう提案したのは、もう一人の文化祭担当にしてもう一人の一年生である三上壮平だった。二年生はまだ教室で模試を受けているはずだから、必然的に彼と二人で過ごすことになる。三上とは半年前にまさにこの天文部で出会い、以来事あるごとに話すようになったが、文化祭担当に決まってからはより関係が深まった。

「俺は下の方を見ておくから、赤坂は棚の上を探してくれ」

 赤坂とは僕の名前である。赤坂光輝。ありふれているとも思わないが、ごく平凡な名前だ。五センチほどではあるが、僕は三上よりも身長が高いので、彼の提案は合理的といえた。

「分かった」

 僕は言うと、さっそく脚立を引っ張り出してきて作業に取り掛かった。しかし棚は存外に高く、なんとか手を伸ばそうとして幾度となく肝を冷やすこととなった。棚の上は埃でまみれていたから、まずはそれを布巾で大雑把に払い、それから書類整理に取り掛かった。整理とは言っても、棚の上の書類は既に年号順で並べられていた。僕が「二〇一〇」と「二〇一一」のバインダーの間に不自然に挟まれた付箋の存在に気付いたのは、作業を始めてから数分も経っていないうちのことだった。慎重にそれを取り出し、矯めつ眇めつよく観察した。表面に鉛筆で何やら書き殴ってある。バインダーが動かされた形跡がなかったことからすると十五年ものである。文字は随分と掠れていたが、辛うじて読むことができた。

「なんだこれ」

 思わず僕は声を出し、脚立を降りて三上を呼び寄せた。彼はちらりと付箋を見やると、

「たちの悪い悪戯か、さもなくば単なるお遊びだろう」

 と一蹴した。そして、「それがお前にインスピレーションを与えてくれるという確信があるなら、止めはしないが」と何やら皮肉めいたことを言った。それで僕も少しばかりむきになって、

「あるさ、すこぶる強い確信が」

 と言うと、

「なら、協力しない理由はない」

 と微笑を浮かべた。

       2

 付箋の内容を読み取るのにさほど時間はかからなかった。書いてあったのは次のようなことだ。

「25143 PCで検索 パスワードは帰還の年月日」

 なんだこれ、と僕は再び唸った。三上は沈黙していた。しかし突然何か思い当たったような顔になって、

「分からないのか。PCで検索というのは、PCで検索しろということだ」

 と当たり前のことを言った。PCというのは十中八九、この部室に置いてあるオンボロコンピュータのことだろう。OSはなんとWindows XPである。三上はデスクに座り、マウスをいじり始めた。

「あれ、電源が付いていたのか」

「部長か誰かが来て消し忘れて帰ったんだろう。何にせよラッキーだ」

 というのも、このオンボロマシンはあまりに古いために、起動に最低でも十分はかかるのである。その手間が省けたというのは大きい。

「とにかく、その数字をファイル名で検索してみれば良いんだろう」

 そう言うが早いか、三上は既に「25143」をエクスプローラーの検索窓に入力し終えていた。しかし、結果には何もヒットしない。やり方を変える必要があるようだ。

「変えると言っても、どうやって?」

 声に出ていたらしい。

「直接ヒットしないなら、間接的なやり方を考えればいい。つまりこれは何かの暗号なんだ」

「では、何の暗号なんだ」

「それは分からない。グーグル先生に聞くしかなさそうだ」

「おいおい。お前にはプライドってもんがないのか」

 それは確かに当を得た意見ではあるが、あいにく謎解きは趣味じゃない。僕は躊躇なくブラウザを開き、数字を検索窓に入力した。

 もっとも、その検索結果を見た僕は、己の無学を深く恥じることとなる。というのも、そこに書かれていたのが「小惑星イトカワ」の七文字だったからだ。

 三上は僕のスマホを覗き込むと、「これは、天文部失格だな」などと嘯いた。

「天文部に失格も何もあるか。だいいち、三上だって何も思いつかなかったんだろう」

 そんな僕の憎まれ口は、キーボードを叩く音にかき消された。彼は既にコンピュータに向き直り、再び検索を始めていたのだ。そしてしばらくして結果が表示されると、「あったぞ」と彼にしては珍しく感情のこもった声を発した。

 見つかったファイルは「itokawa.zip」という名前だった。開こうとすると、「パスワードを入力してください」というポップアップが表示される。

 付箋の内容によれば、パスワードは「帰還日」ということだった。ここには特に迷う余地はなかった。調べればすぐに出てくる。探査機はやぶさがイトカワから帰還したのは、二〇一〇年六月十三日。すなわち「20100613」が答えだ。付箋が「二〇一〇」と「二〇一一」の間に挟まっていた理由も、それで分かった。試みにその八桁を入力してみると、いとも簡単にファイルは展開された。中に入っていたのは、三つのファイル。

「SCRIPT.txt」

「POINTING_DATA.csv」

「CERTIFICATE.pdf」

 それぞれ開いてみると、何やら芝居がかった文体の台本、時刻と数字が羅列された表、そして「あなたが『目撃者』となったことを証明します」と書かれたPDFファイルが現れた。

「なるほどこれは、良いインスピレーションになりそうだな」

 三上は言った。そう、言うまでもなくこれは、十六年前の文化祭で使われたものだ。こんなものが残されていたとは。しかし、「目撃者」とは何なのか。台本の方を見てみても、何やら曖昧なことばかりが書き連ねられていて、事の仔細が見えてこない。

「これは何やら、調べがいがありそうなテーマだな……」

 僕は嘆息した。隣で三上が荷物をまとめる音がする。

「調べ学習なら、グループでやった方が効率がいい。それに、もうすぐ部室棟の消灯時刻だ」

       3

 僕たちが向かったのは、学校の最寄り駅前にある市立図書館だ。言うまでもなく、過去の新聞を閲覧しに来たのである。しかし、縮刷版の分厚い本に目を凝らす必要はない。いまや全てがデジタル化される時代、新聞記事の記録も、少なくともタイトルくらいは、ともすれば全文パソコンで閲覧できるだろう。どうやら、分業の必要もなさそうだ。

 カウンターに向かい、コンピュータ利用の手続きを済ませる。こちらの機械も上物とはいかないが、流石にうちのパソコンほど古いわけではない。

 文化祭の日付はカレンダーから逆算できる。わが校の文化祭は十一月の第一週の土曜日から三日間にかけて行われる。最終日にあたる月曜日は――十一月八日だ。記事検索はそこから向こう一週間くらいでかければ十分だろう。高校の名前で検索をかけると、案の定いくつかの記事がヒットした。その中に、お目当ての文字列を見つける。

「……ビンゴだな」

 三上は呟いた。見つけたのは、文化祭翌日の朝刊記事で、市内の情報を主に報じる地方紙だった。曰く、

「イトカワ観測会に長蛇の列 北梨祭で天文部がV」

 とのことだった。つまり、二〇一〇年の文化祭で天文部が行った企画は「イトカワの観測会」だったのだ。確かに例の台本にも、見えるだの見えないだのと言ったことが長々書き連ねられていた気がする。「目撃者」というのも、恐らくはそういうことだろう。はやぶさ帰還の熱気に乗じたパフォーマンスだったのだろう。記事にはこうも書いてあった。

「観測会には、日が傾いてからの開催だったにもかかわらず多くの観客が押しかけ、見事人気投票で一位を獲得した」

「部長の塚原泰平さんは、『私たちも驚いていますよ。来てくださった皆さんに、ただ感謝するのみです。この大事な年に(一位を)獲ることができてよかった』と語る」

 時間の制約がある中で一位を取ったのだとすれば、その人気は凄まじいものだったに違いない。演示実験を行っている科学部や有志のジャグリングパフォーマンスなどが群雄割拠する中で天文部が一位を獲ったことの衝撃は想像に余りある。

「しかし赤坂、これはどうもおかしい」

 三上が口走る。

「奇遇だね、ちょうど僕もそう思っていたところなんだ」

 そう。イトカワの観測会で天文部が一位を獲ったというのはおかしい。そんなことがあって良いはずがないのだ。何故なら――。

 

 イトカワほど暗い星が市販の望遠鏡で観測できるはずがないからだ。

 

「なあ赤坂、実は例のファイルの中身をUSBにコピーしてきたんだ。中でもあの表、あれは時刻ごとの望遠鏡の向くべき方角を指しているものなんじゃないかと思う。東西南北を表す角度と、仰角が書いてあったというわけだ。

そこで提案なんだが――ここは一つ、天体観測会と洒落込まないか」

「君の周到さには頭が下がるよ。ぜひ付き合おうじゃないか」

 僕は彼の提案を受けることにした。過去の真実を覗き込んでみることにしたのだ。

         4

 僕たちは連れ立って三上の自宅へと向かった。そこは二階建てのごくありふれたアパートだったが、一家族が住まうには少々手狭の観もあった。日がすでに落ちているのに家には人の気配がなかったが、一応リビングに向けて「失礼します」とだけ言っておいた。廊下を通り、三上の自室へと立ち入る。彼の部屋は印象に違わず整理整頓されていた。頭の中が整理されている人間は部屋も整理できる。そして頭の中が整理されていない人間は、部屋を整理できない。僕のことである。

 三上は机の上に置いてあるパソコンを開くと、何やら打ち込み始めた。

「例のCSVファイルを食わせて、二〇二六年現在の基準でどこに望遠鏡を向ければ良いのか計算させているんだ。こういう仕事はAIにやらせるに限る」

 キーボード音を軽快に鳴らしながら、彼はそう言った。なるほどAIにはそんな使い方もあるのか。どちらかと言えばアナログ人間である僕には新鮮なことだった。

 ほどなくして、計算が終わった。時刻と方角、仰角が一分ごとに表示されたファイルが出力される。

「それじゃあ、外に出ようか」

 そう言うと三上は、部屋の隅に置いてあった天体望遠鏡を手にして、僕に部屋を出るよう促した。その望遠鏡は、よく手入れされているのだろう、やけに小綺麗で、手狭で少しがたが来ているようなアパートに置いてあるものとしてはひどく不釣り合いに思われた。僕は三脚とアイピースの入ったケースを持たされ、彼に従った。

 そして僕らは、アパートの前の駐車スペースに出た。幸いにして車はまばらで、観測に十分なスペースがある。三上が三脚を組み立て、大まかな方向を合わせる。

「赤坂、導入を任せても良いか? 導入と言っても、見えないはずの星を導入するって言うんだからとんだ笑い種だが」

 導入というのは、目標の星を望遠鏡の視野に収めることだ。近頃は自動操作で勝手にやってくれたり、あまつさえ星を自動追尾してくれたりするようなものもあるようだが、そういった望遠鏡はえてして高額で、僕らのような小市民には到底手が届かないようなものが多い。この望遠鏡も、三上個人で持っているというだけあってその点では少々アナクロであるようだ。しかし、困るほどではない。何と言っても、僕は天文部の部員である。夏の合宿で、三上と一緒に部長に望遠鏡の使い方を叩きこまれたのである。僕はスマホのコンパスアプリを立ち上げ、鏡筒の上にぺたりと乗せた。文明の利器とアナログ機材の融合だ。

「時刻は十九時五十二分。方位、二二五・四。高度、三八・二」

 三上の読み上げに合わせて、僕は架台のクランプを緩めた。

 冷えた金属の感触と共に、鏡筒の重みがずしりと手に伝わる。僕はスマホの画面が示す数値を見ながら、慎重に筒先を南西の空へと振った。

「……方位よし。次は高度だ」

 大まかな位置が決まったところでクランプを締め直す。ここからは精密動作だ。

 僕はファインダーを覗き込んだ。暗い視界の中に、頼りなげな十字線が浮かんでいる。手元の微動ハンドルを指先で回すと、視界の中の星々がゆっくりと流れていく。

「……たぶん、こんなもんだろう」

「おいおい、〝たぶん〟で良いのかよ」

 三上が囃し立てる。

「なにせ虚空を導入するんだ。確かめようがない」

 三上の皮肉屋口調を真似るつもりで、僕は言う。

「ところで、どうやら謎は解けそうだぞ」

 僕のその言葉とともに、三上は接眼レンズを覗き、「なるほどな」と呟いた。

 僕らが覗いたのは、大まかに言っておおいぬ座の方角。星座には含まれない空間の中に、その星はあった。淡く光る五等星である。辛うじて視認できるかどうかという明るさで、なるほどこれは見られた人が「なかなか見られないイトカワが見えた」と勘違いするのも無理はない。よしんば「イトカワがこんなに明るく見えるはずがない」と気付く観客がいたとしても、その声は喧噪に掻き消されてしまっただろう。

「ところで、実際のイトカワの位置に照らして、この方角はどうなんだ」

 興味本位で僕は訊いてみた。

「それもさっき計算させたんだ。本当のイトカワは全く別の位置にある。何なら、今は地平線の下にあるんだよ。要するに、イトカワ観測会は完全なる嘘っぱちだったってことだ」

 三上は答える。実に用意周到なやつだ。もっとも、よしんば本当の位置に忠実だったとして、イトカワが見えるなどという嘘で観客を騙していたという事実は揺るがないのだが。

「さて翻って、今回の件は僕らに何かインスピレーションを与えてくれただろうか」

 お道化た口調で三上は言う。

「インスピレーションはともかく、重要な示唆は与えてくれた。栄誉への欲望は、嘘を貫き通すことすら容易にしてしまうということだ。今回の件から僕たちが得るべき教訓は――そうだな。人はそうしない必要に駆られない限り誠実であるべきだ、ということだろうか」

「随分と抽象的なお題目だ」

 三上は肩を竦める。

「それともう一つ、分かったことがある」

「何だ?」

 彼は意外そうな顔をした。無理もない。というのも、彼はこの事実にまだ気付いていないだろうから。

「それは――」

 

「三上、君が一つ嘘を吐いているということだ」

       5

「……なんだよ、藪から棒に」

 三上は至って平然としていた。夜の闇が彼の表情の機微を隠しているせいもあるが、それを差し引いても随分と落ち着き払った態度だ。少しばかり、水を向けてみる。

「三上、僕がパソコンを見て『なんだ、電源が付いていたのか』といったようなことを口走ったとき、君は何と言ったか覚えているか?」

「一句違わず覚えているわけじゃあないが、誰かが消し忘れていったんだろうと言ったな」

「そうだ。でも、それはあり得ないんだ」

「どうしてそう言える?」

「今日、二年生は朝から模試で拘束されている。個人情報の記入や点呼がある関係上、確か集合は七時半だ。一方、部室の鍵を教員から受け取れるようになるのは何時からだ」

 心なしか、三上の表情がこわばったように思われた。

「……七時半だ」

「そう。そして、彼らは不正防止のために昼休みの間も原則として教室待機ということになっている。トイレと偽って部室棟に来ることはできたかもしれないが、今度は鍵を借りられない。七時半から放課後に至るまで、部長を始めとした二年生たちが僕たちに先んじて部室に入る余地はなかったんだ」

「ちょっと待ってくれ。それだけじゃ何の説明にもなっていない。俺が言ったのは、誰かが消し忘れたんだろうということだけだ。昨日誰かが消し忘れた可能性だって残っている」

「それもありえないんだ、三上。これには、部室棟のシステムが関係している」

「……消灯時間か。我ながら基本的なところを見逃していたな」

「察しが良くて助かるね。そう、わが校の部室棟は、十九時になるとブレーカーが自動的に落ちるようになっているんだ。聞いた話じゃその昔無断で学校に寝泊まりしようとした連中がいて、それ以降管理が厳重になったとか。ともかく、十九時になってブレーカーが落ちると、仮に電源を落とし忘れていたのだとしても、自動的にパソコンの電源は切れるはずなんだ。つまり――」

 僕は息を呑む。そして、核心に触れる。

「パソコンの電源を切り忘れたのは他でもない、君なんだよ、三上」

「……それで、結局何が言いたいんだ?」

「君は嘘を吐いた。パソコンを弄っていたことを知られたくなかったんだ。どうしてそんな偽装をする必要があったのか。ここからは憶測だけれど、それは今回の件に関係している。

 つまり、君は初めからあの付箋の存在を知っていたんだ。違うかい?」

 三上は何も言わない。

 そう。彼が始めから全てを――いや、全てと言わないまでもこの件に関する何かを知っていたのだとすれば、全ての辻褄が合うのだ。付箋が挟まっていたバインダー。それが置いてあった棚の上を捜索するように役割分担をしたのは、いったい誰だったか。あれはつまり、僕に付箋を見つけさせるように仕向けていたのではないか。実際、付箋はかなり見つけやすい位置に挟んであった。あんな位置に十六年も放置されていたなら、床に落ちてしまってもおかしくない。バインダーを動かした形跡はなかったが、どこかで見つけた付箋を挟みなおすくらいなら簡単だっただろう。

「そしてこれも憶測だから、間違っていたら申し訳ないんだが……当時の天文部部長、塚原泰平は、君のお兄さんなんじゃないか?」

 こればかりは、単なる連想ゲームの領域を出ない。単に壮平と泰平という名前にどこか釣り合ったものを覚えただけだ。しかし、もしかしたら……と思ったのだ。

 三上は――三上壮平は、破顔一笑した。

「パソコンの件はともかく、まさか、そこまで見破られるとは。あまり友人を舐めてかかるもんじゃないな」

 こりゃまいったという表情で頭を掻きながら三上は言う。そして、何やら鞄をガサゴソとやったかと思うと、財布から一枚の紙きれを取り出した。

 そこには、「あなたが『目撃者』となったことを証明します」という活字が印字されていた。

「ご想像の通り、十六年前の天文部部長、塚原泰平は、俺の兄だ。塚原というのは父親の姓で、俺の三上というのが母親の旧姓だ。離婚したときにはもう兄貴は成人していたから、苗字が変わるのは面倒だということで塚原の姓を選んだ。一方の俺はまだ幼稚園児くらいだったのもあって、母親の方に引き取られた。父親にはその後何回か会ったが、いかにも『仕事はできても子育てはできない』って感じの男だった。だから、親権について文句を言うつもりはない。実際、女手一つで育ててくれた母親には感謝してる。

 ……本筋から逸れたな。ともかく、十六年前の文化祭――『イトカワ観測会偽装事件』とでも言ってみようか――を部長として主導したのが、当時の部長だった兄貴だ。……お前はさっき、『人はそうしない必要に駆られない限り誠実であるべきだ』と言ったな。もし仮に、兄貴にやむにやまれぬ事情があったのだとしたら、どうする?

 いや、ここは一つ言い方を変えてみようか。お前には一つ、大きな見落としがある」

 僕は意表を突かれた。何の事情があったのか知らないが、当時の部長は文化祭で成功したいという気持ちを空回りさせてあんな大掛かりでチープな嘘を吐くはめになったのだとばかり思っていたからだ。

「これを見てくれ。さっきの新聞記事だ。写真を撮ってきたんだ」

「それ、権利的に大丈夫なのか」

「個人利用だ。あるいは学術的な利用だ。いずれにせよ見つからなきゃ咎められやしないさ。ともかく、お前はある一文を見落としていたんだ。すなわち、『当時の天文部は部員僅少で廃部の危機に陥っていた』という事実だ」

 記事の画像を見る。確かに、ちょうど読んでいなかった部分にそのような記述がある。

「部員僅少で廃部の危機。恐らくその年の新歓にも失敗したんだろう。そんな中で、文化祭というアリアドネの糸に縋るのは、なにも不自然な発想じゃない。そう思わないか? 実際、天文部は今に至るまで連綿と意図を紡いできている。それは、誰のおかげだと思う?」

「……」

 今度は僕が黙ってしまった。苦難の果てに辿り着いた嘘を、荒唐無稽と一蹴する権利が、果たして僕にあるだろうか。

「悪い、悪い。別に責めようと思ったわけじゃないんだ。でも、兄貴がこの家を出て行ったとき、がら空きになった部屋に、わざとらしくこの『証明書』が置いてあったんだ。それからなんとなく持ち歩いていたんだが、たまたま部室であの付箋を見つけて、それで色々なことが繋がったんだよ。今日調べたことも、実は予め知っていた。黙っていてすまない」

 何も、謝らなくても良いのに。三上の兄は、時を越えて僕らの居場所を守ってくれたのだ。知るべきことを先んじて知っていたのを責める謂れはない。

「ところで、俺には一つ気になっていたことがあったんだ。それは、どうして数ある星の中からあのパッとしない星が『偽イトカワ』として選ばれたのかってことだ」

 それについては、僕も気になっていた。

「あの恒星、名前はなんだっけ」

「名前は分からない。だが、恒星としての番号は、SAO――つまり、スミソニアン天文台星表で、101108だった」

 101108……。僕はその数字に、どこか奇妙なデジャヴを覚えた。そう、まさについ先ほど目にしたような――。

「あっ」

「どうした」

「それ、十六年前の文化祭の最終日じゃないか」

「二〇一〇年十一月八日ってことか。……言った方が良いか迷うことが一つあるんだが、言ってほしいか?」

「嫌じゃないなら、ぜひ」

「その日は、俺の誕生日だ」

「お前、兄貴が文化祭やってる最中に生まれたのかよ」

 僕たちは顔を見合わせた。そして、笑い合った。

 いつまでそうしていたかは、よく覚えていない。

         6

 日々はあっという間に過ぎ去り、文化祭がやって来た。

 僕らが立案した「金星の観測」は、大盛況とまでは行かなかったもののそれなりの人気を博した。もちろん、大賞を受賞することはなかった。人気投票一位は、案の定と言うべきか、科学部による実験パフォーマンスだった。ゾウの歯磨き粉だとか、テルミット反応だとか、そういった華々しい実験に比べると「金星の観測」というのはいささか地味で退屈なものであるという観は否めない。実際、僕たちも三日間やっていて幾度となく眠気に襲われたものだ。

 しかし、真面目にやっていると良いこともあるというもので、「この高校に入学したら天文部に入りたいです!」と高らかに宣言した中学生が一人いた。一年生が二人しかいないこの部活も、あと二年は持ちこたえられるだろう。

 ところで、僕らがあのあと例の付箋やZIPファイルをどうしたのかという話もしておこう。結論から言えば、元あったのと同じ状態にしておいた。未来の天文部員が過去の記録にアクセスする権利を奪う権限を僕らが持ち合わせているとは思えないし、あの付箋には「不正に手を染めながらも、その真実を誰かに暴いてほしい」という、塚原泰平元部長の嘘偽りない想いが込められているからだ。

 望まれざる言葉は、語られることがない。

 それは恐らく、どんな先の未来でも変わることがない。

 でも、ここは一つ言い換えを施してみよう。論理的には不正確だし、断定すら避けるような言い方になってしまうけれども、この言葉は僕らにささやかな安らぎを与えてくれるだろう。

 だから、僕はあえてこう言ってみよう。

 語られることを望んだ言葉は、いつか語られるかもしれない。

小説「『ぽすあぽ!』第一話」

はじめに

※ この記事は、某校文藝部「Air Mail vol.33」に寄稿した作品を転載したものです。

 

世紀の駄作と言ってもよい出来で、はっきり言ってインターネットの海に放流することすら憚られるほどの「小説らしき何か」である。一晩で書いたというのは言い訳にはならない。

こういった設定に正面から対峙し、まともな文章能力を運用しながら、まともな知識の下で(私にはあらゆる学問の知識が致命的なレベルで欠如している)真っ当な長さの作品を生み出せるようになるまでは、創作の名の下にヘドロを撒き散らすような真似はよそうと決意したきっかけの一つだが、某校(他校)の文藝部部長(当時)には好評を頂いたし、それ以降も私は性懲りもなく締め切りチキンレースに邁進している。本当にどうしたらいいのか分からない。

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小説「幸福追求入門」

はじめに

※ この記事は、某校文藝部「Air Mail vol.33」に寄稿した作品を転載したものです。

 

高二夏、森見登美彦ごっこで遊んでいた頃の、全力投球の作品ですね。

頭が痛くなる。

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小説「ベタ創話・メタ神話・リタ対話」

はじめに

※ この記事は、某校文藝部「Air Mail vol.32」に寄稿した作品を転載したものです。

 

本当になんですかこれは(泣)

これも高一です 何かにキレながら死にかけで書いた記憶があります

ところどころキモいが、たぶんこんなものは二度と書けない 想像力の壁を苦しみで無理やり押し広げたという感じ

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小説「抽象東京」

はじめに

※ この記事は、某校文藝部「Air Mail vol.31」に寄稿した作品を転載したものです。

 

これ随筆じゃないんですよ 私は 23 区に住んだことがないので

これも高一のときですが、文体はともかく読み返してみても割といい文章だな?

私はこのときよりもさらに新宿と渋谷のことが嫌いになりました ちなみに西武新宿駅の地下っていうのは新宿サブナードのことで、本当にあのあたりまで行って地下に逃げ込んだんですよね 建設中の歌舞伎町タワーを見て、よし行ってみようと思ったんですが、歌舞伎町のオーラに打ちひしがれて、あえなく撤退しました

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